第1回、第2回に続き、昨年10月に行われたマチ★アソビ初演の話を伺っていく。リアルタイムで映像に音楽をあわせるために、どんな苦労や工夫があったのだろうか。今だから語れる準備の内幕話、初演で感じたそれぞれの感想などを聞いた。
Profile
横嶋俊久 Toshihisa Yokoshima
アニメーション監督・演出。ゲームのPVやOP、ミュージックビデオ等の演出を多く手がけ、2009年に短編『アマナツ』を監督。神風動画所属を経て現在はフリー。『COCOLORS』では、監督・脚本を担当。
水崎淳平 Junpei Mizusaki
神風動画代表取締役。テレビアニメ『ジョジョの奇妙な冒険』第1部のOPディレクターなど、映像作品の演出を多数手がける。社訓でもある座右の銘は「妥協は死」。『COCOLORS』エグゼクティブ・プロデューサー。
納谷僚介 Ryosuke Naya
声優プロダクション・マウスプロモーション、音響制作会社・スタジオマウス代表取締役。音響制作、キャスティング、音響監督として多くの作品に携わっている。『COCOLORS』「スペシャルコラボLIVE」の舞台監督。
幻の楽器ハンドパンを探す苦労
—— 話をマチ★アソビの初演準備のところまで戻します。去年の夏に納谷さんに話があったということは、準備に2、3ヶ月しかなかったわけですよね。まず人を集めるところから苦労があったと思いますが。
納谷 ええ。そこがいちばん大変でしたね。
横嶋 僕が、こういう形式でやりたいという話をしたときに、まず言ったのがハンドパンという楽器を使いたいということだったんです。国内に、こんな珍しい楽器を弾ける人がいるかどうかわからなかったんですけれど。
納谷 この楽器を探すがいちばん大変でした。これはもう僕の不勉強で申し訳ないんですけど、横嶋さんにハンドパンと言われたとき、この楽器のことを知らなかったんですよ。
横嶋 いえいえ。わりと新しい楽器ですから。
納谷 仕事で音楽も作ってもいますし、仲間も沢山いるので、まあどうにかなるだろうと思って、「大丈夫なんじゃないですか」って答えちゃったんですよねえ。ちゃんと確認してから答えろよって話なんですけど……ほんと、あの時の自分をどうにかしてやりたい(笑)。まさか幻の楽器を探すことになるとは。
—— 話を聞いていると、誰もブレーキを踏まないですね。この形式でやること自体が凄いのだから、ちょっとこの楽器はやめておこうとかにはならなくて。
納谷 そうなんですよね。「どんなRPGだ」ですよ。まあ何とか見つかってよかったですけど。
横嶋 栗林すみれさんという有名なジャズピアニストの方がいて、彼女がたまたま私物として持っていることが分かり、演奏していただけることになりました。不思議な良い音が鳴るんですよね。ここでも幸運が働きました。
水崎 ハンドパン生演奏というだけで、音楽的にもお客さんが呼べるんじゃないかと思うぐらいです。
—— 音響の現場で仕事をされている納谷さんにとって、映像を流しながら声と音をぴったりあわせるのがどんなに大変なことか覚悟のうえでの挑戦だったはずです。この形式でいけるんじゃないかと思えたのはどの辺りですか。
納谷 ゲネ(プロ)をやった日ですね。
横嶋 (笑)。
—— 通し稽古をやるまでは、けっこう不安もあったんですか?
納谷 時間もなかったですし……これ正直に言ってしまっていいのかな。全部をそろえてやったのって、ゲネのときが初めてだったんですよ。その前に声優さんだけで読み合わせの練習はしたり、音楽メンバーが集まって練習というのはありましたが、みんなであわせてやったのはその時が初めてで。
—— ゲネは、いつやったんでしょうか。
納谷 いつだったかなあ。(スマホで調べながら)23日に読み合わせをしているから、たぶん9月29日ですね。
横嶋 その日が、全員の都合のつく日だったんです。
水崎 マチ★アソビまで2週間きっているという。
—— それは大変ですね。ちなみに、その時点で、映像の方はどれぐらいできていたんですか。
横嶋 えーと。まだ完成はしていなくて、なんとなく絵は揃ったかなぐらいの感じでしたね。一部まだできていないところはあったと思います。もう全部がギリギリのスケジュール感だったんです。
水崎 映像の制作中はあまり観ないようにしていたので、ゲネのときに、『COCOLORS』ってこういうお話だったんだって初めて知ったんですよ。僕はすごく泣いてしまいました。
横嶋 水崎さんがすごくいい感じで帰っていったので、よかったなと僕は思ってました(笑)。
夢を現実化してくれた、音楽監修の阿部隆大さん
納谷 音楽監修は、よく一緒に仕事をしている阿部(隆大)君がやってくれているんですが、彼がいちばん大変だったんじゃないですかね。彼のグチを聞くのが、僕の主な仕事でしたから(笑)。
横嶋 本当に、阿部さんは苦労されていたと思います。
納谷 阿部君がいてくれたのは本当に大きかったんですよ。彼はロックミュージシャンで、自分がプレイヤーとして表にでる人なんですよね。
—— アニメやゲームの音楽も手がけられていますね。
納谷 そうですね。でも、それって実は、相反するような話でもあるんですよ。自分がプレイヤーのときは、主役として自分が中心にいなければならない。一方、BGMを作るときに中心にいるのは、その作品の物語になるだろうし、CMの音楽だったら商品になる。その時は自分が主役じゃなくなるんですよね。そういう正反対のことを普段からやっていて両方できる人なんですよ。あと、今回の話をもらったときに、これはただの伴奏じゃつまらないとも思ったんですよ。
—— どういうことでしょう。
納谷 「上手い」の定義も難しいんですけど、上手いミュージシャンの方に楽譜を渡して、その通りに綺麗に弾いてくださいというんだったら、たぶんできる人はいっぱいいると思います。でも、今回の場合は、ミュージシャン側も、ある程度は主役にたって前にでてきてもらわないと駄目なんです。ただ、そうはいっても、やっぱり物語を伝えるためには、引くところでは引かなければいけない。そのさじ加減が、おそらく劇伴だけをやっている人だと案外難しい。かといって普通のロックミュージシャンみたいな人を連れてくると、前に出過ぎてしまう。そこに、阿部君がいてくれたのは大きかったと思っています。
横嶋 阿部さんのバランス感覚には、非常に助けられました。
納谷 ここはセリフが前に出ないとお話が分からなくなってしまうから、あまり主張しすぎない曲にした方がいいよねとか、ここは音楽でみせるところだから自分をバッとだしますというさじ加減については、ほぼ彼に任せてやってもらっていました。音楽に関して僕は基本的に何も言っていないんですよ。彼が最後まで、ひたすらバランスを見続けていて。
水崎 今回のチームの中で、唯一この公演について心配をしていたのが阿部さんだったと思います。僕らは夢を語ってばかりいて、その夢を阿部さんが現実化してくれたという気持ちです(編注*)。
横嶋 唯一のリアリストというか、いちばんしんどい立場だったはずです。
(編注*)音楽監修の阿部隆大さんが具体的にどんなことをされているのかは、以下の記事を参照。
セッションの魅力を生かした楽曲作りと演奏 『COCOLORS』音楽監修 阿部隆大
声と音楽、双方の力で引っ張っていく
—— ゲネで手応えを感じられた後、みんなで揃って練習はできたんですか。
納谷 ……やってないですよ。次は本番です。あ、厳密にいうと、徳島で前の日にやっているか。
横嶋 公演の前日に、眉山山頂の会場でやりましたね。
水崎 あの会場って、前日から機材を置けましたっけ。
納谷 置けないんですけど、時間をくれと頼んで、一回セットを組んだんですよ。あの会場のPAが分からないので、音の大きさとかを一通り確認しながら、一回通しでやったぐらいですね。ただ、その後のタイミングで監督が直しを始めて……。
横嶋 あはははは(笑)。ゲネの時と環境がまったく違うんで、ちょっと手直しをしたかったんです。制作の藤原(滉平)君にもつきあってもらいながら、夜通しかけて調整を入れました。
—— 具体的に、何を手直しされたんですか。
横嶋 効果音の乗り方ですね。直したものを当日の朝に納谷さんと阿部さんの前に持っていって、みんなに凄く怒られました(笑)。
—— ちなみに、映像はどのタイミングで完成したんですか。
横嶋 徳島に持っていく前日の朝ぐらいにはできていたような……(取材に同席していた制作の藤原さんに聞いて)当日までやっていたみたいです(笑)。
公演の5日前にアップされたマチ★アソビ公演の告知映像。キャスト4名・納谷さんのコメントや、ゲネの様子が映っている。
—— マチ★アソビでの公演は、山頂の夜という環境も相まって本当に素晴らしいものでした。その公演の直前、機材を準備しているときに、場をつなぐため納谷さんが前説をされていたじゃないですか。
納谷 何を喋っていたのか、覚えてないですねえ。
—— こんなことを話されていましたよ。納谷さんのなかで、それぞれの役者さんについて、最低ここまではできるという下限から、上手くいって上限はここまでというレンジをもっていた。でも、この試みをやったらゲネの段階で、みんなその上限を軽々と超えてきたと。
水崎 うん、してましたね。すごく印象的だった。
—— 普段そういうことを言わない方なのに、なぜ公演直前のタイミングでハードルをあげるようなことを言うんだろう。それだけ手応えがあったんだろうなと思ったのを覚えています。
納谷 あれは、ほんとに喋ったままですね。声優さんも人間ですから、やっぱり体調やその日の気分とか色々あるんです。ですから、いつも同じ点数……まあほんとは点数じゃないんですけど、分かりやすくいうと、80点の日もあれば100点の日もある。反対に60点の日もあるっていうレンジがあると僕は思っていて、それは人間だから当たり前のことなんです。だから、キャスティングするときも、大体この辺のレンジの中でいくんだろうなっていう頭はあるわけですよ。上下のぶれがあるなかで、この範囲の中に入ってくれればみたいなものは僕の中にあったんですが……この作品では僕の思う上限を全員が超えてきた。「これぐらいだろう」と思っていた上をやられたから、「低くみておりました。ほんとごめんなさい」って思いましたね。
—— なぜ、そんなことが起きたと思われますか。
納谷 横嶋さんにはちょっと申し訳ないんですけど、大きかったのは音楽だと思います。やっぱり、音楽を聞くと心が高揚したりするじゃないですか。その分がのっかっているんだと思います。普通の人でも、悲しい曲がかかれば、なんとなく悲しい気持ちになったりしますよね。役者さんも人間である以上、同じことがおきるだろうと。普段のアフレコは、無音のなかで映像を観ながら静かにやっていますが、今回はそこに音楽がダイレクトに入ってきていますから。あと、音楽が生なのも大きいと思います。僕自身、CDとかより生のライブが好きなんですけど、低音がお腹に響いたり、地面が揺れているような感じだったり、そういうのをふくめて気分があがったりするんですよね。おそらく役者たちにも、そんなものがのっかって、もちあがった気持ちでセリフをはいているから、普通のアフレコよりも喋りやすかったんだろうし、(演技が)より足し算されたのかなって思います。映像を観ることに関しては、普段のアフレコとほぼ一緒の環境なんですよね。大きく違うのは音楽だけなので。
横嶋 公演後、役者さん側も、ミュージシャンさん側も、同じことを話されてましたね。役者さんの演技に引っ張られて音楽ものっていったし、音楽にのせられて役者さんも演技されていた。双方の力で高めあっていったというか。
納谷 あと、やっぱり一発勝負だからというのもあると思います。声優さんもミュージシャンも、ライブ以外では基本的には失敗したら録りなおせばいいわけですよ。むしろ一発では終わらないわけで、普段そういうやり方に慣れているところに、今回は失敗しようが何しようが一回でお終いですって前提でスタートしている。収録のように、「ここからもう一回やり直そうか」はないですからね。
『COCOLORS』の映像としての強さ
—— マチ★アソビのライブを観た人はこの形式の凄さをわかったはずですが、観ていない人にどう伝えたらいいと思われますか。演劇を観ているようなライブ感もありますよね。
納谷 そうですね。舞台に近いところはあります。
—— あと、ライブで難しい曲を演奏するバンドを見守るような雰囲気もありました。凄いことをやっているのを見守る独特な空気感もあって。
水崎 言葉では説明できないようなものが作れたっていうのは、凄くよかったんじゃないかと思います。
納谷 ライブをやった結果で、意外だったことがひとつあるんですよ。やっぱり舞台には人間が立っているから、「声優さんのお芝居がよかった」「音楽がよかった」みたいになってしまうかなとは少し思っていたんです。それが、観た人の感想をツイッターだったり直接聞いたりすると、案外お話に入って観れたという人が凄く多くて。
—— たしかに私もそうでした。
納谷 コンサートや舞台を観た感覚になる人が多いかなと思っていたんですよ。まあそういう風に感じた人もいるでしょうし、それでもいいとは思うんです。ただ、けっこう途中からはそれが生であるということがわからなくなって、お話に入りこんでいきましたという感想を言ってくださる方が多くて、正直それはちょっと意外でした。もっと生の音や声に引っ張られてしまうかもしれないなと思っていたので。
横嶋 『COCOLORS』というパッケージで皆さんがとらえてくださったことは、ほんとに有難かったです。
納谷 これは、横嶋さん達が作った『COCOLORS』の映像としての強さなんでしょうね。そして、そう観てもらえたのだったら、僕らとしては、たぶんベストだったと思うんですよ。
横嶋 そうですよね。映像、声、音がほんとに三位一体となって。
納谷 「あの映像がよかった」という風に観てくれた人が多くいてくれたのは嬉しかったです。
横嶋 そういう話を聞くと有り難いかぎりです。僕らが作った作品は、物凄く商業的な作品でもなければ、かといってアートというわけでもなく、その真ん中をいくようなものを作ろうとは最初から思っていたんです。それが、マチ★アソビという商業的なアニメーションがベースにある場所でも、お客さんにきちんと届いてくれた。それは個人的に本当に嬉しいことでした。
水崎 『COCOLORS』は、映像とお話の中身に自信があったので、この上映方式に押し負けることなく、同列ぐらいで耐えられるんじゃないかっていうのは、なんとなく感じてました。やっぱり話題性としては、まずライブの方にいくと思うんですよ。「生でやるらしいよ」とか「その場で演じるらしいよ」とか。それで実際に足を運んでみたら、「あ、これお話もいい」という風に思ってもらえたらいいですよね。
納谷 映像作品として観てもらえたっていうのは、ほんとによかったなって僕は思っています。「あのライブがよかった」とか「あの演劇がよかった」みたいな言い方じゃないんですよね。みんな、「『COCOLORS』がよかった」という言い方をしていただいていて。「ああ、これはやった意味があったなあ」と思いましたね。
Official Website
『COCOLORS』ライブ告知サイト
http://gasolinemask.com/nishiki/cocolorslive.html
『COCOLORS』公式(英語)
http://gasolinemask.com/nishiki/cocolors
Information
『COCOLORS』スペシャルコラボLIVE東京公演
出演
高田憂希、秦佐和子、岩中睦樹、市来光弘、桑原由気、高井舞香
演奏
阿部隆大、持山翔子、小山尚希、工藤明、栗林スミレ、野崎心平、Uyu
日程(全4回)
2月17日(金)20:00〜21:30、22:00〜23:30
2月18日(土)8:30〜10:00、10:30〜12:00
会場
新宿バルト9(シアター6)
http://wald9.com/
チケット価格
6800円
最新情報は、ライブ告知サイト(http://gasolinemask.com/nishiki/cocolorslive.html)、公式ツイッター(https://twitter.com/cocolors2017)を参照
(C)神風動画