エレガントなつむぎを作るために
『シドニアの騎士』造形監督 片塰満則、各話ストーリーボード 森田宏幸(第3回)

第1回第2回に続き、『シドニアの騎士』のメイキングを伺っていく第3回。2期から登場した新ヒロイン、つむぎの造形には並々ならぬこだわりがつまっていた。エレガントなつむぎを作るための工夫とは?

Profile
片塰満則 Mitsunori Kataama

CGクリエイター。『ハウルの動く城』『ゲド戦記』(デジタル作画監督)、『山賊の娘ローニャ』(モデル造形ディレクター)など、多数の作品に参加。ポリゴン・ピクチュアズ所属。

森田宏幸 Hiroyuki Morita
アニメーター・監督。主な監督作品に、『猫の恩返し』『ぼくらの』がある。ポリゴン・ピクチュアズ所属。

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最初から3Dで設計した、3話の長まわし

―― 急に各論に入りますが、2期3話のBパートの冒頭に、宇宙空間でみんなが話している、物凄い長まわしのカットがありますよね。あのカットの絵コンテは、どのようにして描かれているんでしょうか。
森田 ああした部分こそが、先ほどお話した、僕が担当するよりも、大串さんがアニマティクスで作っていった方が良いだろうと判断した箇所ですね。
片塰 あのカットは、絵コンテを描かず最初から3Dで設計しています。そもそもの理由としてはまず、“長まわし”のカットをテレビアニメでもやってみたい、強い衝動があったからですが、演出面の理由としては、宇宙空間でカットを割って、カメラを切り返しても、切り返した感じや意味が伝わりにくいんじゃないかっていうところからスタートしています。あそこは、イザナがつむぎと会話しながら画面に入ってきて、その後に、岐神が会話に入ってきて、それに対してイザナ、長道が答える。そこにさらに小つむぎが登場して猫の話をして、今度はイザナが猫の写真をみせるっていう……。
森田 よく覚えてますね(笑)。
片塰 そんな風に、それぞれのキャラクターにバトンを渡していくようにセリフがありますが、背景は星空と巨大なシドニアだけです。そんなロケーションでカメラを切り返すと、星空の背景は同じ印象なのに、顔のライティングだけが、急に変わったように見えてしまったり、あるいは、星空とシドニアの岩の塊が交互に現れたりして、かえって視聴者を混乱させるんじゃないかっていう判断がありました。
森田 たしかに、あのシチュエーションでカメラを切り返して位置関係をだすのは難しいですよね。
―― カットを割って位置関係をだすよりも、1カットで描くほうが、ある意味、効率的だったということでしょうか。
片塰 そうですね、伝わりやすいということと、テレビシリーズとしては前代未聞のカットになるんじゃないかというチャレンジでもあったんじゃないかと思います。さらに、長まわしカットの実現の助けになった要素として、『シドニア』2期はプレスコで、先に声優さんのセリフがあったことも重要です。森田さんも、セリフを聴きながら絵コンテを描いてますよね。
森田 1期のときはなかったですが、2期ではセリフの音声ファイルをもらって描いています。
片塰 手描きアニメの場合は、そうやって絵コンテを描くことはあまりないですよね。
森田 ないですね。最初はどうなのかなって、面倒になるだけではないかって思ったんですが、やってみると結構良いです。音声ファイルを「Toon Boom Storyboard Pro」に読み込んで聞くので、使い勝手も良いし。キャラクターの感情や芝居については、打ち合わせで監督が説明してくれますが、どうしても言葉だけでは抜け落ちてしまうニュアンスがあるんですよ。でも、「この声です」と録音されたものを聴くと、「あ、こういう感情なんだな」とハッキリとわかる。これもまた、絵コンテの精度の向上につながっていると思います。
片塰 振り返ってみると、プレスコやアニマティクス、そして何よりも3Dキャラクターという、従来のアニメーションには無かった手法で制作することの意味が、この長まわしカットに象徴されている、という気もします。とはいえ、根本には長まわしを試してみたかった、っていうのも大きかったんだと思いますよ。
森田 3DCGが得意とする表現ですよね。

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―― 今、実際にアニマティクスのムービーをみせていただきましたが、大串さんがいきなりこれをストーリーボードとしてあげてこられるわけですか。
森田 これはバージョン10ですね。かなりテイクを重ねていますね。この回の演出は副監督の吉平(直弘)さんですが、相当な試行錯誤があって、「このセリフのときにこの絵になってほしい」っていうチェックを延々されていて……。このカットは1回観るだけでも長いじゃないですか(笑)。
片塰 演出的には二度とやりたくないっていうぐらい大変だったそうです。あと面白いのが、このカットは最終的に、キーフレームが少なくなって、物凄くシンプルな動きになったそうなんですよ。キーを入れ過ぎると逆に動きがガタついたり、カメラの軌道が思い通りにならなかったりして。それも繰り返して試したすえに、たどりついた結論だったみたいですけれど。
森田 なるほど。無重力状態だから、急にカメラの向きが変わったりしてはいけないっていうことか。
片塰 宇宙空間ならではの慣性というか、動き出しとその後の動きも、自然にみえるようにタイミングには物凄く気を遣っていたそうです。
森田 このカットのような3DCGならではの方法論をみていると、面白いなと思うんですよ。僕自身、絵コンテは得意ですっていうことで、ずっと仕事をいただいてきましたし、監督するときも、絵コンテが軌道にのったところで「いける!」っていう感じになるのを肌で経験してきて、それが正解だろうと思ってやってきたんですけれど、絵コンテだけにこだわっていても駄目だなあって、感じていて。要は結果がでればなんでもいいのであって、絵コンテですべてを決め込む必要はないんですよね。そうした絵コンテの作り方を、PPIのチームと話し合いながら探っていくのが、とても面白いんですよ。

つむぎの造形に入れた「デコ電」っぽい感じ

―― 2期を語るうえで、つむぎの存在は欠かせないと思います。片塰さんのお仕事としても、大きかったのではないですか。
片塰 僕の感想としては、2期の方が弐瓶(勉)先生感がよりでているように思えるんですよ。2期のベースとなっている原作の6巻以降には、弐瓶先生ならではのガジェットやエピソードがたくさん描かれています。その筆頭にあるのが、やっぱりつむぎで、まさに弐瓶先生の真骨頂だと感じました。あと、10話からでてくる隼風(はやかぜ)という連結機構。どちらも、これまで観たことのないデザインで、原作を読んだときから格好いいなと思っていました。1期の制作時は、より多くの人に作品を観ていただくために、どちらかというと弐瓶先生の度合いを薄めるような作業もしていたと思うんです。キャラクターデザインについても、キャラクターデザイナーの森山(佑樹)さんの持ち味と、弐瓶先生の絵をどう組み合わせるかというようなことを考えていました。そのことによって、弐瓶先生の世界観を多くの人に楽しんでもらえたら、という目標はかなり実現できた、という手ごたえを僕なりに感じました。なので、2期のモデルに関しては、弐瓶先生のテイストを濃くだしても良いんじゃないかとまず思いましたし、そういう風にしたいなと感じたんです。そこは1期のときにはなかった、意識の持ち方でした。
―― 独特なフォルムをしたつむぎのモデルは、どんな風に作っていったんでしょうか。
片塰 大きい方のつむぎは、ガウナをデザインしてくれた川田(英治)さんが担当しています。まず最初にやったのは、原作のつむぎの絵を集めることでした。漫画はどうしても1コマごとに絵も違ってきますし、登場する場面ごとに形が変わっていく。そこをまず統一する必要があるなと。で、弐瓶先生の色んなつむぎの絵を集めていくうちに、全ての要素を取り入れて濃縮していく方法の方がいいなと思ったんですよ。1期の薄める作業とは逆に、「ここで描かれている、つむぎのしっぽの先端の形の方が弐瓶先生らしいから使おう」みたいに、どんどん足して濃くしようという意図でまとめていきました。モデラーも原作を細かくあたってくれて、独自に原作からの要素を足してくれたりもしています。 あと、つむぎで大事にしたいと思ったのはエレガントにしたいということです。タイトルが『シドニアの騎士』ですし、女性騎士という要素って萌えるフラグですよね。ジャンヌ・ダルクを筆頭に、日本人は西洋人とは違った萌えを感じているはずなので、そうした部分も入れたいなと思ったんですよ。そこで考えたのが「デコ電」っぽい感じなんです。
―― どういうことでしょう?
片塰 スワロフスキーのビーズなんかで携帯をデコレーションするのって、非常に日本的で現代的な造形だと僕は思っているんですよ。これは弐瓶先生の作品にある要素ではありませんが、より濃い味を引き立たせるための隠し味、という意識で、ああいうキラキラした感じも取り入れています。ただ並び方は綺麗に整えずに、ちょっとランダムになるような感じを狙っています。あと、イタリアやスペインあたりにある過度に装飾されたミイラとか、現代美術の作品で昆虫の玉虫の羽で作ったドレスがあるんですけれど、そうしたものからも発想を得ています。ああいう「グロテスクな、でも美しい感じ」というのは、弐瓶先生の描かれるデザインの持ち味のひとつでもあると思うんです。それをより魅力的に見せるために、造形のプランを組み立てました。
―― 小さいつむぎも可愛らしくて、とても印象的でした。シンプルなデザインにみえますが、コミカルすぎてもいけないでしょうし、微妙な調整があったのではないですか。
片塰 小つむぎに関しては、今の話とは矛盾しますが、弐瓶先生の持ち味を少し薄めようという話があったんです。原作そのままに描くと、グロテスクな印象を与えてしまう可能性があるから、幅をもたせて可愛いものも用意しておこうという瀬下監督からのオーダーがありました。弐瓶先生の絵そのままのイメージの造形を作りつつ、丸っこく可愛らしい造形の可能性も探りました。CGの良いところは、その2つを混ぜることができることなんですよ。原作準拠のデザインと、丸っこくて可愛いバージョンの比率を変えることが、パラメーターを変えるだけでできる。原作準拠のものから可愛らしいものまで、いろんな小つむぎを作ることができるんです。
―― 星白の顔でも、同じような方法をとられていましたね。
片塰 うん、それですね。これは3Dのモーフィングという技術を使ったもので、CGならではというか、デジタルツールならではのテクニックだと僕は思っています。途中段階の形が作れるので、同じカット内で形を連続的に変化させることも出来ます。星白のときはデザインを探る段階でモーフィングを使いましたが、小つむぎについては、複数のパターンを実際にカットによって使い分けています。マックスに丸く可愛くしたのは、5話で空中にある配管のフタから「うーん」ってでてくるところで、あの場面には一番丸っこくしたモデルを使っています。最終的には、アニメーターが表現してくれた細かい仕草や、声の演技、そして効果音によって、とても可愛い印象が実現できたので、原作に近い造形のつむぎが、一番多く登場しています。

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―― デザイン画をみせていただくと、たしかにディテールが入っているのといないもので、だいぶ印象が違いますね。
片塰 右が原作準拠のもので、左の丸っこいのが、ある意味、アニメオリジナルの造形になりますね。で、中央が、その中間を狙ったものという。モデルも、これに準じたかたちで作っています。見ていただくと分かると思いますが、小つむぎの顔の膨らみは、萌えキャラのほっぺたと同じに考えればいいんじゃないか、という解釈なんです。この膨らみを取り入れれば、萌えキャラとしての小つむぎがあるんじゃないかと思って。これも、2期における造形演出の到達点の一つですね。

<第4回を読む>

Official Website
アニメ『シドニアの騎士』公式
http://www.knightsofsidonia.com/

ポリゴン・ピクチュアズ
http://www.ppi.co.jp/

Soft Information
『シドニアの騎士 第九惑星戦役』Blu-ray第4巻<初回生産限定版>※DVD版も同時発売
発売日:7月22日
価格:7,800円+税
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(C)TSUTOMU NIHEI・KODANSHA/KOS PRODUCTION COMMITTEE