第1回に続き、片塰満則さんと森田宏幸さんに、『シドニアの騎士』のメイキングを伺う第2回。本作における演出、アニメーションディレクターの仕事、そして絵コンテの特徴についてお話いただいた。
Profile
片塰満則 Mitsunori Kataama
CGクリエイター。『ハウルの動く城』『ゲド戦記』(デジタル作画監督)、『山賊の娘ローニャ』(モデル造形ディレクター)など、多数の作品に参加。ポリゴン・ピクチュアズ所属。
森田宏幸 Hiroyuki Morita
アニメーター・監督。主な監督作品に、『猫の恩返し』『ぼくらの』がある。ポリゴン・ピクチュアズ所属。
アニメーションディレクターの仕事は作画監督+α
—— 『シドニアの騎士』のエンディングクレジットは、独特の役職が沢山でてきます。すべて聞いていくときりがないので、お2人に関するところで聞かせていただくと、「演出」と「アニメーションディレクター」という役職がありますよね。これは、どういったことをされているんでしょうか。
森田 いい質問ですね。3DCGのスタッフクレジットについては、僕も上手く説明できないところがありますから。
片塰 まず演出からお話すると、この職種は、作画の現場でいちばん近いのはやっぱり各話演出になりますね。エピソードにふくまれる全てのカットの進行について、絵としての出来あがりを考慮した取り回しをするのが演出の仕事です。アニメーションディレクターは、作画監督に近いかなあ。アニメーターのチーフというか、リードアニメーターみたいな言い方でもいいと思います。
一方、演出というのは、森田さんが描かれた絵コンテや、大串さんの作ったバトルアニマティクスをもとに、実際に3DCGアニメーターに指示をだす役割です。演出がコンテを解釈して、こういう芝居にしたいというアニメーターに向けてのプランを立てる。それを受けて、アニメーションディレクターが、まず各カットの担当を決めるんですね。例えば、このカットは日常芝居が得意な彼にやらせようっていう風に。で、アニメーションディレクターは、出来あがってきた動きに作画監督的にフィードバックもするし、場合によっては直接手をいれて直すこともしている、というのが具体的な作業になります。だから、アニメーションディレクターは、手描きアニメでいうと作画監督がいちばん近いといえば近い。
森田 なるほど。
片塰 芝居の統一感なんかもやってくれるし、難しいところも、アニメーションディレクターが最後に引き取って手を入れている場合が多いですから。
森田 手描きのアニメの職場から移ってきた僕の立場からは、アニメーションディレクターは、手描きでいうところの作画監督でありつつ、演出にも一部踏み込んでいるようにみえます。手描きアニメの職場では、動きやタイミングは演出がみて、作画監督はひたすら絵を直すだけ、と割り切ってしまうことも多いんです。しかし、本来は絵と動きは一体なので、作画監督もそこに踏み込みたいはずです。そうした役割分担を一度ばらして再構成すると、『シドニア』の演出とアニメーションディレクターの関係になるように、僕の立場からはみえます。
絵コンテの役割とステージングプラン
—— 手描きとの比較でいうと、絵コンテマンと監督の関係も、ほぼ同じと考えていいのでしょうか。『シドニア』では1期も2期も、監督はストーリーボードにクレジットされていないですよね。
森田 なるほど。そこも大事なことですよね。
片塰 たしかに、PPIならではの独自性があるやり方だと思います。
森田 先ほどもお話しましたが、絵コンテが完成すると、ただちにVコンテ(絵コンテ撮)が作成され、以降のレイアウトやアニメーション工程は、カットをつないでプレビューしながらチェックされます。つまり、編集工程が厚いんですね。そのことで、絵コンテに対する監督の立場は強くなっていると思います。
監督は絵コンテマンが描いた絵コンテを自由に直していいし、場合によってはリテイクにしてもいいのが原則で、これは手描きアニメでも同じですが、得てしてスケジュールの都合で直しきれないことが多いんです。それがPPIでは、レイアウト工程を進めながらカットの構成を変えたり、演出プランの変更もある程度は可能です。絵コンテをいったんOKにしたとしても、「このカット割りは効果的ではなかったから、こういう風に変えよう」と編集するケースもあります。紙でチェックする手描きアニメでこれはあり得ないので、絵コンテで固めた演出プランはあとで変更できません。なので「絵コンテ」という成果物に映像制作の比重が偏ってくるし、絵コンテに監督の意図を十分に反映させるスケジュールがない時には、絵コンテマンの地位が高くなる傾向がでてきます。もちろん、監督が直す必要がない絵コンテが上がってくるのがいろんな意味で理想であることはPPIでも変わりませんが、私は自分の描いたコンテがそのまま画面になることは基本ないといつも覚悟しています。監督の方が偉いんです(笑)。
とはいえ、実は1期のあと、僕の絵コンテが完成映像にどれぐらい残っているか、こっそりカット数を数えてみたんですよ(笑)。
—— 結果は、どうだったのでしょうか。
森田 少ない話数では1割、多い話数では3割ほど変わってました。7割から9割は生かされている、とみれば比較的好成績とも思えるんですけどね(笑)。
片塰 PPIに入って、森田さんの仕事などを側でみるようになって気がついたのは、やっぱり「3DCGには3DCGなりの絵コンテがある」っていうことなんですよね。
森田 そうかもしれないですね。
片塰 逆の言い方をすると、我々の世代の絵コンテの描き方の教科書って、宮崎駿監督が描かれた『(風の谷の)ナウシカ』や、『アニメージュ』の付録についた『(未来少年)コナン』の絵コンテがまずあるんですよね。僕自身も10代の頃から、これらの絵コンテを何度も読んでいますが、この歳(50代)になってやっとわかったのが、宮崎さんの絵コンテは「絵で作る」アニメーションだから、「絵で描いた」絵コンテが有効なんだなっていうことなんです。どういうことかというと、例えばカメラがPANする場合、横長の背景画やセル画を用意する必要があります。これらは、実際の紙やセルといった物質の上に描くので、後でそのサイズを変更することがとても難しくなります。また、撮影台の上での絵の扱い方も、サイズによって変わってきます。ですから、絵のサイズは作業の上流で厳密に決めておく必要があります。その時にどのくらいのサイズの絵にするのかを、実際に絵コンテ上で、絵を描いて設計をすませておく方が、後のレイアウト工程でアニメーターを悩ませなくてすみます。先に絵コンテで「ここは3フレーム(画面を横に3枚並べた大きさ)の長さで描いてください」とか、大判で寄るときには「縦横2倍の4倍の面積で描いて、ここまで寄ってください」ということを絵コンテで描いておく。そうすれば「倍の大きさのレイアウト用紙を用意して、それに描けばいいんだ」と明確に分かって、迷わなくてすみますよね。絵から絵の伝達だから、宮崎さんの絵コンテの描き方は凄く有効だったんです。
森田 まさに、おっしゃる通りだと思います。
片塰 しかも、キャラクターの表情や衣裳まで、きちんと描かれている。読み物としても独立して読めるぐらい面白い完成度です。なので、今でも教科書的に広まって読まれているところがあると思います。でも、3DCGの場合は、どうもその全てが生かせるというわけではないのではなかろうかと、PPIに入ってやっと気づきました。それはなぜかというと、我々が作っている3DCGはやっぱり「立体」だからですよね。紙に描いた「絵」を画面で作っているわけではないからなんです。キャラクターやカメラ、そして照明もすべて、3次元空間内に配置して画面を描く、というのが3DCGの根幹です。
森田 3DCGに置きかわっても、絶対矛盾がない正確な絵コンテを手描きで描いてやろうと思う瞬間もあったのですが、まず無理でした(笑)。話はちょっと飛びますが、ディズニーやピクサーが作っているような、スケールの大きくて、完成度の高いアニメーションって、どうしたら作れるんだろうっていうのが、以前からの僕の問題意識なんです。で、『猫の恩返し』の絵コンテを全部自分で描いたときには、僕も宮崎監督のやり方の影響を受けていました。原画時代に影響を受けた今 敏監督も同じやり方でしたし。監督はひとりで絵コンテを描いて、絵コンテで制作全てをコントロールする。そうやるしかないんだと思って『猫の恩返し』はやり抜いて、それなりの評価もいただけたのですが、このやり方を続けていくのはちょっとキツいんじゃないかとも思ったんです。これ以上は向上できないといいますか、ここで満足しちゃいけないよなって考えて。今までの作り方とは違った環境で、新しいことを試してみたいなと。
今でも絵コンテでちゃんと決め込みたいという意識はあるんですが、PPIで用いられている演出手法も興味深く学ばせていただいています。できあがったものが素晴らしいことが多いので、空間表現が非常に豊かになっていたりと、「あ、やっぱりこちらの方がいいよな」と納得感があるというか。
片塰 瀬下監督は、3DCGならではの空間性を生かそうという意識が強いですよね。絵コンテの話を引き継がせてもらうと、宮崎駿監督の絵コンテもふくめて、これまでの絵コンテが担ってきた役割がもうひとつあって、それはPPIでは「ステージング」と呼んでいる、人の立ち位置や位置関係をきめることだと思うんです。実は、良い絵コンテって、そうしたことが最初から設計されているんですよね。
森田 そうなんですよ。
片塰 こうした絵コンテにおけるステージングの重要性は、あまり言われていないと思います。宮崎さんの絵コンテだと、キャラクターの魅力に引きずられて、その上手さになかなか気づけないんですけど、絵コンテというのは、人物や物の置き方と、それをどうカメラで切り取るかという見せ方で、色々なことを語ろうとしている。で、そうした部分については、我々が作るのは3Dなんだから、3Dを使ってやってもいいんじゃないかというのが、『シドニア』の絵コンテの特徴になっていると思います。
森田 「ステージング」という言葉は、手描きアニメの職場では使わないですよね。言葉どおり「ステージを作る」ことで、演劇の手法がもとになっていると瀬下監督から教わりました。建物がどこにあって、人物はどこに立っています、というような位置関係を設計するプロセスのことですが、さらにカメラをどこにおくかというシューティングプランまで含める場合もあります。実際の『シドニア』の1期では、僕が絵コンテを描いたあとにステージングプランを立てて、絵コンテに矛盾がないか検証していますし、2期では、絵コンテを作る前にステージングを固めたり、現在制作中の『亜人』では、シューティングプランまで固めてしまうということも試しています。
絵コンテの制作の効率を上げることについては、瀬下監督やプロデューサーとよく話し合うんですが、絵コンテマンに1話分発注して描きあがるのに通常は3〜4週間。さらに監督のチェックに1週間なら良いほうで、チェックに1カ月かかっちゃうみたいなケースも巷ではあるんです。これをもう少しなんとか出来ないか。実は絵コンテの仕事は、もっと分解できるんじゃないかという発想をしていまして。優れた絵コンテマンは、ステージングも決しておこそかにはしないわけですよ。舞台の設計を実際に紙に描きながらやってくれる人もいる。そのステージングのプロセスを抜き出して、ディレクターが立ち入って一緒にやれば、あがってくる絵コンテの精度もあがって、直すスケジュールも圧縮できるのではないか。
—— なるほど。個人技の要素が強かった絵コンテを、分業してみると。
森田 そうです。そうした色々なやり方を少しずつ試させていただいています。
片塰 絵コンテマンが描いた絵コンテを監督が直す文化っていうのは、いちから監督が描くよりも、誰か別の人が描いたものを、言い方は悪いですけれど、修正する叩き台としてあったほうが、より早く、精度があがるっていうのも、ありますよね。あまり言われることはありませんけれど。
森田 ある……のかな。そういう監督もいるかもしれませんね。
片塰 話はちょっとずれますが、僕がジブリにいたときに、宮崎駿監督や百瀬(義行)さんから聞いた話があるんですよ。ゼロから原画を描くより、原画マンが描いたものに修正を入れた方が全然早いっていう。つまり、そこでひとつの答えが、良いも悪いも含めてでているんだと。「こうじゃないんだ」とか「これでいいんだ」という答えがそこにあるから、それに修正をのっけた方が早いという。
森田 たしかに作画の場合はそうですね。作画監督や演出が全部描き直すにしても、何かしらもとがあった方が、後攻め有利といいますか、一回答えをだしてもらって、そこからアプローチしていけるから、必ず良い要素をそこに上乗せできます。ただ、作画監督の原画修正作業はきちんとスケジュールされるのが普通ですが、監督が絵コンテを修正するスケジュールって、僕が知るかぎりとても少ないので、監督が良かれと絵コンテを延々と描き直し始めても、それはもう制作にとっては、迷惑でしかないと……。
片塰 たしかに、それはスケジュール崩壊の序曲ですね。
森田 そんな序曲は誰も聞きたくないわけですよ。本当に(苦笑)。
—— 絵コンテは、制作工程が作画より前ですから、早めにフィックスさせたいという事情があるのかもしれないですね。
森田 『シドニア』のストーリーボードに慣れてきて、1期から2期に進むときに心がけたことがあるんですよ。それは、絵コンテの直しはなるべく自分でやりたいということで、瀬下監督や演出陣にも進言しました。「何かあったら言ってください。直しますから」と。そうやって2期ではけっこう自分で直した箇所があります。制作全体のことを考えたら、監督が時間をとるより絵コンテマンが直した方がいいし、私自身も、直して良くしていくのが好きです。あと、使っている「Toon BooM Storyboard Pro」は、絵の差し替えやカット割の編集が簡単なんです。せっかくデジタルツールを使っているのですから、利点を生かしたいし。3DCGアニメーターがアニメーションディレクターを中心に、アニメーションを自分で直していくのと同じように、ストーリーボードも、そうやって作っていくべきじゃないのかなと思っています。
Official Website
アニメ『シドニアの騎士』公式
http://www.knightsofsidonia.com/
ポリゴン・ピクチュアズ
http://www.ppi.co.jp/
Soft Information
『シドニアの騎士 第九惑星戦役』Blu-ray第4巻<初回生産限定版>※DVD版も同時発売
発売日:7月22日
価格:7,800円+税
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(C)TSUTOMU NIHEI・KODANSHA/KOS PRODUCTION COMMITTEE