弐瓶勉の同名漫画をポリゴン・ピクチュアズが映像化したテレビアニメ『シドニアの騎士』『シドニアの騎士 第九惑星戦役』。好評のうちに放映を終えた同作のメイキングを、造形監督の片塰満則さん、各話ストーリーボードを担当した森田宏幸さんに伺った。全5回でお届けする。
Profile
片塰満則 Mitsunori Kataama
CGクリエイター。『ハウルの動く城』『ゲド戦記』(デジタル作画監督)、『山賊の娘ローニャ』(モデル造形ディレクター)など、多数の作品に参加。ポリゴン・ピクチュアズ所属。
森田宏幸 Hiroyuki Morita
アニメーター・監督。主な監督作品に、『猫の恩返し』『ぼくらの』がある。ポリゴン・ピクチュアズ所属。
ポリゴン・ピクチュアズとの出会い
—— 最初に、ポリゴン・ピクチュアズでお仕事をされるようになった経緯から聞かせてください。
片塰 僕がポリゴン・ピクチュアズ(以下、PPIと略)で働くようになったのは2010年の9月末からで、もうすぐ丸5年になります。作品でいうと最初に入ったのは『トロン:アップライジング(Tron: Uprising)』という、『トロン』のアニメ版からです。『トロン』は1982年に制作された、世界初の実写とコンピュータグラフィックスを組み合わせた長編映画です。2010年には『トロン:レガシー』という新作が作られましたよね。その『トロン』と『トロン:レガシー』の間をつなぐスピンオフ的なテレビシリーズが『トロン:アップライジング』で、ディズニーチャンネルで全18話オンエアされました。その制作に関わるかたちで、僕は入ったんですよ。
その時の作り方は、3Dがメインではありましたが、顔の表情や、重要な芝居にあたる部分はアニメーターの作画の力をいれようという——そういう作り方を当時「ハイブリッド」と言っていましたが——だったので、2Dと3Dのあいだをつなぐ、作画の現場でいう「演出処理」的な立場が必要になったんです。コンテを描くのではなく、絵の材料をそろえて検査して、次の部署にまわしたり、色々な作業の指示をする役職ですね。そのポジションで入ってほしいという依頼をうけて、作品に参加したのが2010年の秋になります。
もう少しさかのぼりますと、それ以前の僕は、スタジオジブリを2007年に辞めたあとに、3年ほどカシオエンターテイメントという、のちに『シドニアの騎士 第九惑星戦役』(以下、2期と略)の監督をつとめる瀬下(寛之)さんが、常務取締役をしていた会社に在籍しました。そのカシオエンターテイメントが解散することになって、次の職場を探していたときに、瀬下さんからPPIを紹介していただきました。僕自身、社長の塩田(周三)さんには何度かお会いしたことはあったんです。そういう縁もあって、『トロン:アップライジング』のお話をいただいたんです。
実は森田さんとも、カシオエンターテイメントの仕事を手伝っていただいた縁があるんですよ。TBSのバラエティ番組『リンカーン』のオープニング映像では、森田さんが作画でエフェクトをたしてくださっていて。レイアウトやポーズのチェック、修正指示もしていただきました。
—— おお、そうなんですか。
片塰 これもハイブリッド的な作り方をしていて、作画と3DCGを組み合わせるやり方をしていました。
森田 私の役職は「アニメーション監督」でした。エフェクトの作画を手描きのアニメーターに頼んで演出したところが多いのですが、自分自身で描いたところもあって、自分にとってはチャレンジでした。僕は片塰さんのことはジブリの頃から知っていたのですが、友人の紹介で片塰さんと一緒に、瀬下監督とお会いする機会があったんです。ただ、自分は手描きアニメーションの職場で、紙と鉛筆ばかりを相手にしてきた人間ですから、そこはあくまで「異業種交流」というノリだったんです(笑)。ですが、「これからは、手描きアニメーションと3DCGアニメーションはお互いに協力しあって作っていったほうがいい」というビジョンをお2人からお聞きして、面白いなと。非常に可能性を感じました。その後、瀬下さんが『リンカーン』のオープニング映像を監督しているところに参加させていただいて。それが今の、PPIの仕事につながっています。
—— お2人が、ポリゴン・ピクチュアズで仕事をし始めるタイミングは、同じだったのでしょうか。
片塰 僕よりも、森田さんの方が遅かったんです。
森田 瀬下監督や片塰さんが移るとき、僕はちょっと躊躇しまして。PPIは非常に歴史のある3DCGの会社だと聞きましたので、監督経験があるとはいえ、僕のような鉛筆アニメーターがいきなり入っても、仕事はないんじゃないかと。いったんは手描きアニメーションの仕事に戻りました。
その後、瀬下監督や片塰さんがPPIで実績を重ねられて、『シドニアの騎士』の制作が動き出したんですね。それがセルルックのロボットアニメだと聞きまして、これなら自分がやってもいいんじゃないかと思えまして、「仕事ください!」ともちかけたところ、1期の8話からストーリーボードをやらせていただけることになったんです。
—— 森田さんが合流されたのは、『シドニアの騎士』の1期が本格的に動いてからなんですね。その段階で、完成した映像を観られたんですか。
森田 まだ完成映像はできてなかったですね。その時は、キャラクターの造形や世界観設定、制作中のレイアウト、一部は動いているものを観せてもらいました。キャラクターがまるで手描きのセルアニメのようで、「ああ、これは凄いな」と思ったのを覚えています。
造形監督とはパタンナーのような仕事
—— 前置きが長くなりましたが、まず『シドニアの騎士』でのお2人の役職について聞かせてください。片塰さんから伺いますが、「造形監督」という聞き慣れない役職で、どんな仕事をされているのでしょうか。
片塰 聞き慣れないとおっしゃるのはその通りで、造形監督というのは新しい役職なんです。PPIの中でもそうですし、たぶん日本の3Dアニメーション界の中でも、あまり例がないと思います。英語だと「art director」になるんですが、アートディレクターという言葉も、業界によって意味が違ってくるんですよね。デザインや広告の世界では、ビジュアル全体の責任者というか、モデルやカメラマンを選んだりする、デザインや印刷の統括役ですし、映画の世界では「美術監督」と邦訳されて、セット(大道具)を中心に、衣裳や小道具までみる人がいるのがアートディレクターの仕事です。僕がやっている造形監督は、どちらかというと後者に近い感じですね。
ただ肝心なのは、僕はデザイナーでもなければ、実際にモデリングをするモデラーでもない点なんです。今までの話をふまえて、いちばん近い職種でいいますと、テキスタイル(ファッションデザイン)の世界に、「パタンナー」という職業があるんですよ。洋服を作るとき、まずファッションデザイナーがデザイン画を描きますよね。
—— 洋服を中心に描かれた、手足が長い感じの絵ですよね。
片塰 そうです。頭が小さくて、不思議な頭身で人物が描かれた絵ですよね。その絵をいきなりお針子さんに渡せば服ができあがるわけではありません。デザイン画は、あくまで服のイメージを伝えるためのもので、図面のような正確な設計図ではありませんから。そこで「パタンナー」がまずデザインを受け取って、どうやって作るのか計画をたてるんです。どんな服を、どんな型紙におこして縫いあわせれば立体物としての洋服になるのか、平面である材料の布をどう展開するかを決める。さらに布の無駄がでないような型紙の取り方を計画するような、経済的な視点で考えることもありますし、どんな人に頼めば上手く縫ってくれるだろうかっていう手配をする場合もあります。デザイナーと、実際に縫うお針子さんの間にたって、デザインにそった服を具現化するための計画や手配をするのがパタンナーという職業なんですが、僕の造形監督という仕事は、それにいちばん近いんじゃないかなと思うんです。
—— 具体的には、どんなお仕事をされているんでしょうか。
片塰 今の例えを3DCGにあてはめると、PPIには田中直哉さんを中心としたプロダクションデザインのチームがあって、そこがまず色々なデザインをあげてきます。キャラクターデザイン、コスチュームデザイン、セット(大道具)、小道具……いろいろなデザイン画があがってきて、それを3DCGのモデルデータとして作っていくわけです。そのときに、やっぱりデザイナーによってデザイン画の個性がでるんですね。キャラクターやコスチュームの場合、頭身がばらついていたり、デザイナーの描き手の個性が線にでたりする。例えば、よりシャープな線で描く人もいれば、まるっこく柔らかい線で描く人もいたり、微妙な癖がまじってくるんです。そのデザイン画をどう解釈するかも、モデラーによってまちまちなんですね。多くのモデラーはデザイナーの絵を尊重して、デザイン画をきちんと3Dで再現しようとしますし、場合によっては絵をトレスして、モデルと重ねてピッタリ同じになるようにあわせてくれる人もいます。ただ、そうすると今度は逆に、デザイン画のばらつきが、そのままモデルの造形感のばらつきに直結してしまうんですよ。それを避けるために、デザイナーとモデラーの間に入るというのが、造形監督の仕事です。
—— なるほど。
片塰 まずデザインの解釈を、僕の方で統一させてもらうんです。このデザイナーさんはまるっこく描く癖があるから、モデリングするときにはもう少し角を小さいカーブにしてくださいと言ったり、経済的な部分を考えて、メカのボタンのサイズを統一するようにお願いしたりもします。例えば、「デザイン画ではボタンのサイズが変えてあるけど、これは同じものにしていいです。配置はこの線にそろえて、以前作った別のモデルから流用してください」という感じですね。また、手描きのデザイン画だと、同じパーツを描こうとしてもどうしてもぶれて少し伸びたり縮んだりしますが、それがデザインの意図として必要なのかを僕の方で解釈したりもします。デザインの意図としては、ボタンのサイズをばらつかせたいんだろうなというときも、経済性を考えて、正方形のボタンと、2対1の比率の横長のボタン、3対4のボタンの3種類に統一して、それらを散りばめてくださいっていう風に指示をだす。そうやってデザインの統一をはかりながら、モデリングの工数を減らしていくんです。モデリングする際にデザイン画の再現に労力や時間をかけすぎないように調整する。そういう役割ですね。
—— 他には、どんなことをされているんでしょうか。
片塰 キャラクターに関することでいうと、睫毛や目の構造をどいう風に作っておこうか、ということを決めたりもします。テクスチャマッピングで表現するのか、あるいは立体物としてモデリングするのか、といった手法を選んだり。また、手描きの絵では自然なサイズにみえていても、立体にするとボリュームがつきすぎたりすることがあって、そういう場合は、あらかじめデザイン画上でパーツを縮小してからモデラーに渡したりもします。元のデザイン画とぴったりトレスで重ならないほうが、むしろ立体になったときに印象があう場合もあるんです。あとは質感の部分ですね。PPIでは質感設定のことを「ルック・デベロップメント」、通称「ルック・デブ」って言い方をしていて、「見た目の開発」という意味ですが、その部署へのディレクションもしています。これは作画でいうと、2号影やハイライトなどを入れるか入れないか、前髪に眉毛が透けるかどうかみたいなことを判断している感じです。作画の世界では、作画監督や演出がやっているような、最初にどういうスタイルにもっていくかという部分についても見ています。
—— 作品の見せ方を決定づける、細かい色々な約束事を決められているんですね。
片塰 そうですね。ただやっぱり、ベースになるのはあくまでデザイン画なんですよ。プロダクションデザイナーからあがってくるデザイン画がまずあって、そこから情報を引き出したり整理したものを、モデラーやルック・デブの担当者に渡したり説明したりするという。
—— 説明を伺うと、必要で重要な役職のように思えます。でも、意外とこれまではなかったんですね。
片塰 これまでは、モデリングのスーパーバイザーが、そういった部分をかねていたというのはあると思います。僕はモデリング自体はしないんですけども、スーパーバイザーは、作画監督のように、モデラーがあげたものに対して直接手を入れることができる。そこで統一感をはかるような方法をとってきたんだと思います。もうひとつ、特にゲーム会社さんなどでおこされるデザイン画というのは、デザインの開発に相当な時間とお金をかけられていますから、かなり統一されたものがあがってくるんです。そういうものを受けとって作業するぶんには、僕のような造形監督を挟まなくても、モデリングの仕様さえ統一されていれば、あとはスーパーバイザーがいれば十分です。でも、そうでない場合には、僕のような人間が必要とされるのかなと思います。
3DCGならではの絵コンテの作り方
—— 森田さんは「ストーリーボード」の役職でクレジットされています。各話の絵コンテを担当されている、ということで宜しいでしょうか。
森田 はい、『シドニアの騎士』でのストーリーボードとは、手描きアニメでいうところの絵コンテのことです。2期からは1話を複数の人数で分担して描くことが多かったのですが。そういうときは、主に僕は日常芝居の場面を担当することが多くて、アクション部分は大串(映二)さんが担当したり、という風に分けています。
—— 2期の1話から3話は、今おっしゃられたように、森田さんと大串さんの連名になっていますね。森田さんは、主に日常パートの絵コンテを描かれている?
森田 そういうことです。1期で僕が描いた日常芝居のコンテが、監督・演出から好評をいただけまして、2期ではそういう分担にしたほうが効率がいいという判断だったのだと思います。
森田宏幸さんが担当した2期3話「針路」のストーリーボード。以下は森田さんからのコメントだ。
「演出の吉平さんのもと、細かい芝居にこだわって描いた、纈の部屋のシーンです(森田)」
—— 手描きのアニメと、3DCGのアニメでは、絵コンテの描き方も変わってくるのでしょうか。
森田 鉛筆と絵コンテ用紙の代わりに、ペンタブレットと専用のPCソフトを使いました。とはいえ、1期の最初の頃は「手描きアニメと同じように描いていいですよ」と監督からは言われていたのです。それが、その後次第に、けっこう違いを意識するようになりましたね。2Dの手描きアニメーションと、3Dのアニメーションの作り方の違いそのものが、絵コンテの作り方に影響をおよぼしていくというか……説明が難しいのですが。
僕が初めて3DCGの演出をしたのは、2007年に『ぼくらの』を監督したときです。あの作品のメカはゴンゾの3DCGのチームが作っていて、職場では、若いアニメーターたちが3D監督の大野(克尚)さんをかこんで、PCモニターを見ながら指示をうけているのをよく見かけたんですよ。「このカットのこの動きは、もっとこういう風にしなきゃいけない」みたいなことを大野さんがおっしゃって、おそらく一度作った動きをリテイクにして直す打ち合わせをしていたんだと思うんですが、それが僕にとってはすごく新鮮だったんです。手描きのアニメーションでは、なかなかそのような作業のリテイクはできなくて、原画マンが描いたものを、作画監督や演出が直接描いて直すことのほうが多いんですよね。特にテレビシリーズでは、物量をこなさなければいけないので、「ここの動きがよくない」と動きを作り直させるような時間はなかなかとれない。ところが、CGの場合はそれをやるんだっていう驚きがありました。
それができる理由のひとつは、3DCGが動きを常にプレビューしながら作っていくからなんですね。作ったらすぐに演出と一緒にみて、結果を共有できる。紙と鉛筆の作画では、すぐにというわけにはいきません。さらに3DCGでは、作画でいう中割りにあたるモーションは自動生成です。手描きでは、中割りをふくめ動きを作ったあとで、それを直したいとなると、かなりの枚数を描きなおさなければなりません。3DCGでは、キーとなる絵を直したら、前後の動きは瞬時に自動生成されます。
絵コンテの話にもどりますが、PPIでは、絵コンテでも同じような考え方をする一面があるんです。『シドニアの騎士』で一緒にストーリーボードを担当している大串さんは、元々3DCGのアニメーターなんですよ。なので、大串さんの絵コンテは、Mayaで構図を作って、そこに3Dのモデルをおいて、場合によっては動かしたものをストーリーボードに貼付ける、というやり方をしていて。
—— ああ! 絵で描くのではなく、最初から3DCGでコンテを作られてしまうと。
片塰 3Dで作るといっても、あくまで簡易モデルですけどね。たとえば、小さい球の集合体で煙や爆発を表現したり。手描きでいう、スケッチやラフ原画みたいな感じです。
森田 あと、大串さんは「バトルアニマティクス」の役職でもクレジットされています。1期では僕もバトルシーンの絵コンテを描いていたんですが、レイアウト工程に進むまえに、僕のコンテをもとにして、大串さんが簡易モデルを用いてアニメーションを試作していました。そうして作られたムービーを「バトルアニマティクス」と呼んでいますが、それらを編集してストーリー・リール、いわゆるVコンテを作ってしまうと、それがスタッフにとっては絵コンテの役割を果たしてしまいます。
やっぱり、実際に動かしてみないと分からないっていうアクションシーンが『シドニア』では多いんですね。特に空間表現をやりたいので、カメラを動かすアクションが多いんです。僕は、ハリウッド映画でやっているような、カメラが縦横無尽に動き回りながらのアクションって、どうやってコンテに描いたらいいんだろうって、昔から考えていたんですけど、ついにその答えをみつけられました……最初から動かしてしまうという(笑)。そりゃ、そうだよなって思いました。手描きで描くか3DCGで作るかもふくめ、絵コンテはこういう描き方でないといけない、という風にとらわれる必要はないんだというのが今面白いですし、刺激になっています。
—— 絵コンテの専用ソフトは、何を使っているんでしょうか。
森田 「Toon Boom Storybord Pro(トゥーンブーム・ストーリーボード・プロ)」を使っています。初めて使ったのは5年前で、カシオエンターテイメントの仕事のあと、瀬下監督から「面白いツールがあるんですよ」と教えてもらい衝撃をうけまして。ペンタブレットで絵を描き入れて秒数を設定したら、瞬時にVコンテとしてプレビューできてしまう。カットの順番を入れかえたり、音を入れたり、編集も自由自在です。
—— ソフト上で、絵コンテ撮のようなものが作れてしまうわけですね。
森田 そうです。言うならば「手描きのアニマティクス」が作れてしまうわけです。自分はアニメーターとして、動きの表現には自信があって、もともと紙の絵コンテでもキャラクターの芝居などは細かく描いていたものですから、これは自分にとって武器になるなと。すぐに瀬下監督に使い方を教わって、手描きアニメーションのコンテの仕事でもちょくちょく試してみて、PPIでは本格的に使わせてもらっているという状況です。
Official Website
アニメ『シドニアの騎士』公式
http://www.knightsofsidonia.com/
ポリゴン・ピクチュアズ
http://www.ppi.co.jp/
Soft Information
『シドニアの騎士 第九惑星戦役』Blu-ray第4巻<初回生産限定版>※DVD版も同時発売
発売日:7月22日
価格:7,800円+税
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(C)TSUTOMU NIHEI・KODANSHA/KOS PRODUCTION COMMITTEE