本物の納豆には、同じ角度の豆はない
『シドニアの騎士』造形監督 片塰満則、各話ストーリーボード 森田宏幸(第4回)

第1回第2回第3回に続き、『シドニアの騎士』のメイキングを伺っていく第4回。8話でイザナとユレが見せたゴスロリ衣裳や、食べ物の表現へのこだわりについて語っていただいた。

Profile
片塰満則 Mitsunori Kataama

CGクリエイター。『ハウルの動く城』『ゲド戦記』(デジタル作画監督)、『山賊の娘ローニャ』(モデル造形ディレクター)など、多数の作品に参加。ポリゴン・ピクチュアズ所属。

森田宏幸 Hiroyuki Morita
アニメーター・監督。主な監督作品に、『猫の恩返し』『ぼくらの』がある。ポリゴン・ピクチュアズ所属。

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8話のゴスロリ衣裳で使った透け表現

―― 1期では見られなかった2期の特徴として、8話のような日常回があったことがあげられると思います。森田さんもストーリーボードでクレジットされていますよね。
森田 8話は前半のシドニア外殻の修復作業現場のシーンの直しを、演出の安藤(裕章)さんの指示で手伝っただけで、僕はあんまりやっていないんですよ。この話数は評判が良くて、いろんな人に褒められるんですけれど(笑)。
―― 7話のストーリーボードは、まるまる森田さんですよね。
森田 はい。冒頭のスペクタクルシーンも含めて私が担当しました。後半は日常場面がたっぷりでしたね。特に長道の新居のシーンですが、原作にある建物の構造がユニークで、デザインの段階からプロダクションデザイナーの田中直哉さんを始めスタッフが、これを面白くしようと盛り上がっていたんです。なので、7話で担当できて良かったです。本当はもっとやりたかったですけどね。部屋が狭くて、階段が入り組んでいたり、ああいう立体的な空間で日常芝居を描く機会はなかなかないので、いかにして生活感をだすかって考えるのは、想像が膨らんで、やりがいがありました。
―― 8話で、イザナとユレが着ていたゴスロリ風の衣裳も印象的でした。
森田 凝ったことをやってましたよねえ。
片塰 あの衣裳も、2期のモデリングの到達点のひとつですね。これもデザイン画に対して僕なりの解釈を入れさせてもらっています。担当したのは、女性のモデラーです。彼女はモデリングスーパーバイザーの仕事と並行して、ドレスの作業を進めてくれたのですが、非常に良いモデルに仕上げてくれました。デザイン画の方では、ドレスらしい柔らかいラインで描かれていたんですが、モデリングする際のイメージとしては直線的なラインをいかした「鉄骨でできたドレス」みたいにしてほしいというお願いをしました。(ノーマン・)フォスターという建築家がいるんですが、彼が設計した香港上海銀行の香港本店ビルのフレーム構造を造形の参考にしました。また、あの服には装飾として細かいパーツが並んでいますが、あれもボタンというよりも、ビルの窓のようにみえるような縦横比を意識してます。SF映画なんかでよくある、小さい窓がライン上に並んでいる感じにして、並び方も、体のラインに沿って曲げたりはせずに、直線的かつ等間隔にして、硬い感じをだしてほしいと造形上の演出意図を伝えて作ってもらっています。

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―― ユレの服の裾や袖は透けていますよね。
片塰 ルック・デブ的にも凝ったことをしています。ユレのスカートは、グラデーションをかけて下にいくほど透明度を高くして、軽やかさやセクシーさを表現しました。これは『シドニア』では初めて試した表現です。手描きアニメでいうところの特殊効果、セル画の頃のエアブラシによる透け表現みたいなものですね。これは、あるテレビアニメのクリスマス用の版権で、同じような透明感をもつ、オーガンジー素材を使った衣裳が描かれていて、その表現を3DCGで再現してみたいというのもあったんですよ。実際に、その絵をルック・デブの担当者にもみせて、透明度の度合いの参考にしたりもしました。オーガンジー素材というのは、見る角度によって、透け具合が変わるのが特徴ですが、それを絵で表現する場合は、角度に連動して機械的に透明度が下がっていくのではなくて、ある角度を超えたところで急にガクッと透明度が下がってベタに近くなるように描かれていることが多いです。そういう、アナログなエアブラシ表現に近づくように、透明度の変化の仕方を探ってもらったという経緯があります。CGでやると、グラデーションの変化をもっと滑らかにもできるんですが、ここでは意図的に硬い感じにしています。
森田 あの透け感は、放送で見ていても、かなり印象に残りました。
片塰 2期の8話にしか登場しないんですけどね(笑)。こういうところに凝るのも、深夜アニメ的な華のもたせ方としてありなのかなと。あと、透けた向こう側の輪郭線の色を変化させるシェーダー(編注:shader。陰影やグラデーションを変化させるプログラム)も、このために新しく開発しました。袖や裾から透けた向こう側の輪郭線を、実線ではなく、少し線の色を弱めるため肌色を混ぜています。セル時代のアニメでは、そういうことはあまりしていないと思うんですけれど。

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片塰 喫茶店のユレの手元のアップで、親指からのびてきた黒い輪郭線が、布の奥では途切れているところが、新しいシェーダーで描かれているところですね。より透けた感じをだすために、エアブラシ的なセルアニメの頃の表現を取り入れつつ、線の色を微妙に変える、というデジタルならではの表現を上乗せした感じを狙ってやっています。そんなわけで、このドレスには、結構力が入っているんですよ。

納豆の一粒一粒に角度をつける

―― お話を伺っていると、1期からの積み重ねで実現できていることが数多くあるんですね。日常シーンが増えているのは、その現れなのかなと思いました。
片塰 2期は、原作単行本の4巻から10巻あたりまでにあたりますが、弐瓶先生の原作自体に、日常パートが増えてきているというのもあるんですよね。イザナが新しい10本指の義手でみかんの皮をむくところとか、原作を読んで「凄い!」って手を叩きました。ああいうかたちで義手の特殊性を日常生活の中で表現する感じが、まさに弐瓶先生ワールドだと思います。なので、みかんといえども、丁寧に作る必要があるなと。1期ではSF的なメカやスキンスーツばかり作っていたので、まさか2期でみかんや納豆をモデリングすることになるとは夢にも思っていなかったですけれど。
森田 瀬下監督は、みかんと納豆にはこだわっておられましたよね。納豆を3DCGアニメーションで描くのは、史上初めてだとかおっしゃって……!
片塰 納豆のルック・デブも、普段の表現よりも凝っています。そういった質感表現にこだわれるようになったのも、2期からなんですよね。1期のときは造形監督として、まだ手探りな感じで、そこまで余裕がない感じだったんですが、2期になって、やっと造形監督はこういうことをしなければいけないんだな、というのがだいぶ見えてきたというか。
―― 納豆は、手描きじゃなかったんですね。驚きました。
片塰 ちゃんとモデリングしています。納豆の粒にハイライトを入れた方が美味しそうにみえるだろうと、僕の判断で入れさせてもらいました。そのためには納豆は立体にする必要がありました。
―― えっ、納豆の一粒一粒がモデリングされているんですか?
片塰 はい(笑)。モデリングスーパーバイザーには「本物の納豆には、同じ角度の豆はない」という話を大真面目にして、一粒一粒の角度を変えて、上手く粒の形や配置をばらつかせてもらったんですよ。その甲斐あって、チェックのときに直しをお願いしたのは、わずか3粒だけでしたね。3粒だけ、角度をかえてほしいって言ったぐらいで、それ以外はもう完璧な納豆の3Dモデルをあげてくれました。
―― ……。
森田 凄いですね。こだわりが凄すぎて、今の説明を聞いただけでもうお腹いっぱいです。
片塰 実は、納豆にこれだけこだわったのは、正直に言いますと、1期に登場した唐揚げが「美味しくなさそう」ってネットで散々書かれていたのが、僕はすごく気になっていたからなんですよ。もうほんとに悔しかった。でも確かにそうだよなという反省がずっとあって。だから、できることならば、唐揚げをリバイズ(編注:改訂・修正すること)したいんですけれど、それはちょっと許されないので、新しいものでリベンジするしかない。新しい食べ物では、極力そういうことは言われないようにしようと、納豆やみかんの制作に挑みました。
基本、食べ物を美味しくみせるためには、エアブラシ的なグラデーションやスポンジによるボカシといった、特効がいるんですよね。その辺りは、手描きアニメに登場する料理の特効表現をずいぶん参考にさせてもらいました。

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―― 食べ物の造形に関しても、さらに工夫を重ねているんですね。
片塰 3Dで作ったのは納豆とみかんくらいで、おにぎりなんかは、手描きの表現も交じっているんですけどね。おにぎりがゆっくりと宙を舞うところなんかは、演出の方が手描きの素材と3Dモデルの両方をうまく使って、よりおにぎりを美味しくみせる工夫をしてくれています。いかに美味しくみせるかっていうのは、造形面だけでなく、演出やアニメーション、そして合成まで、みんなで手分けしてやっている感じですね。

<最終回を読む>

Official Website
アニメ『シドニアの騎士』公式
http://www.knightsofsidonia.com/

ポリゴン・ピクチュアズ
http://www.ppi.co.jp/

Soft Information
『シドニアの騎士 第九惑星戦役』Blu-ray第4巻<初回生産限定版>※DVD版も同時発売
発売日:7月22日
価格:7,800円+税
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