ポリゴン・ピクチュアズの強みは組織とシステム
『シドニアの騎士』造形監督 片塰満則、各話ストーリーボード 森田宏幸(最終回)

第1回第2回第3回第4回と続いた本記事も、いよいよ最終回。様々な現場で仕事をされてきたお2人に、ポリゴン・ピクチュアズならではの作り方、制作の強みをお聞きした。

Profile
片塰満則 Mitsunori Kataama

CGクリエイター。『ハウルの動く城』『ゲド戦記』(デジタル作画監督)、『山賊の娘ローニャ』(モデル造形ディレクター)など、多数の作品に参加。ポリゴン・ピクチュアズ所属。

森田宏幸 Hiroyuki Morita
アニメーター・監督。主な監督作品に、『猫の恩返し』『ぼくらの』がある。ポリゴン・ピクチュアズ所属。

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チームワークで、星白をセクシーにみせる

―― 『シドニア』のアクションが凄いのは言うまでもないことですが、個人的に感心させられるのはキャラクターが本当に可愛いということです。『シドニア』の女性キャラはとてもセクシーで、特に11話の最後にでてくる星白(編注:紅天蛾のエナが星白閑を再現した姿)などは、艶のようなものさえ感じました。
片塰 有り難うございます。でも、そこは造形の手柄ではなくて、アニメーターの頑張りが大きいんですよ。彼らがいい芝居やいい表情をつけてくれたおかげなんです。あと貢献してくれたのは撮影ですね。我々は「ショット」と読んでいますが、今褒めてくださった11話の星白の肩甲骨の影は、モデルには入っていなくて、撮影段階で入れているんですよ。
―― そうなんですか。
片塰 脊椎にそった影とか、腰椎あたりのくぼみも同様にショットが足してくれたものです。おにぎりの話と同じで、色々な部署のスタッフが手助けてしてくれているんですね。特にキャラクターの可愛い部分については、モデリングだけでは表現しきれていなくて、アニメーターとショットの力で上乗せしているところが大きいです。お風呂に入っているときに、肩やほっぺにグラデーションやハイライトを入れているのも、あれはルック・デブではなくてショット、撮影時にいれているんです。そうした指示は、もちろん演出もだしてくれるし、ショットのスーパーバイザー(撮影監督)も独自の判断で入れてくれる。そういう、みんなのチームワークでできあがっているんですよ。
―― よりセクシーにみせようという、各人のこだわりがあって、可愛くなっているんですね。
片塰 コックピットに侵入した星白のシーンではさらに、リムライト(編注:立体感をだすため、輪郭部分にあてる光)についても特殊なことをしているんですよ。右側から赤い光を、左側からは水色っぽい光の2つを当てている。『シドニア』では、普段こうしたリムライトを使うのは1つだけと工数の関係で制限されているんですが、ここは特別な良いシーンにしなければということで、あえてその制限を外していて。そのおかげもあって、セクシーにみえていますよね。造形やルック・デブの力だけでなく、そこに演出、アニメーター、ショットの手助けがあってこその表現なんです。

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―― そうした特殊なこともやられているんですね。
片塰 あと、アニメーターの慣れも大きいんですよ。「2期でキャラクターが凄く可愛くなった」、「モデル造形が良くなった」と褒めていただくツイートが結構多くて、嬉しいんですけども、実は造形は一切変えていないんですよ。1期のときのモデルがそのまま使われています。なので、もし違いがあるとしたら、それはもうアニメーターの芝居のさせ方だったり、こうすればより可愛くみせられるっていうノウハウが蓄積していったおかげなんです。
 CGの良いところって、いい表情などをストックできることなんですよね。Mayaのツールで「シェルフ」という「棚においておくような仕組み」があって、そこに登録することができる。誰かがいい表現を考えると、アニメーションディレクターが「シェルフに入れておいて、同じような時にはこれを使おう」とアナウンスしてくれるんです。そうして底上げがはかれる良さもあります。手描きアニメでも、1話より最終話の方が作監や原画マンの絵があがっていくじゃないですか。それと同じことが3Dでもおきていて、それがあっての可愛らしさなんだと思います。
森田 この話は本当に面白いですよね。3DCGではモデルを一度作ったらデザインは変えられないんだって教わってたんですけど、結果的にはスタッフの力でちゃんと「変えられている」んですよね。
片塰 造形では変えられないけど、アニメーションやショットの段階で変えることができる。CGのアニメーションって、立体を変形させていくクレイ(粘土)アニメに近い感じなんですよね。変形を行う過程で、いろいろな修正を入れながらより良いかたちにもっていくことができるんです。
森田 こうした話を僕も知らなくて、2期の放送が始まった頃、片塰さんに「これ、モデルがよくなってますよね」って聞きにいったんですよ(笑)。そしたら、変えてないんですよって言われて……。
―― そう思ってしまいますよね。
片塰 ほんとに、そこは色々な人のチームワークですね。2期でモデルを直したとしたら、エラーをとったぐらいです。鼻の穴の線がでにくいから、角をもっと立てておこうとか、そういったエラー対応が精一杯のところでした。星白がセクシーになったのは、アニメーターやショットが頑張ってくれたおかげです。

3DCGで「一点物」のカットを作るために

―― 『シドニアの騎士が』は、3DCGならではのリッチな画面に驚かされますし、制作を早々に終えられているのにも驚かされます。
片塰 そういえば、4月末に打ち上げをやりましたね。
森田 皆さんがそのことをツイートしていて、書いちゃっていいのかなって思ってました。
片塰 うち(PPI)の公式ツイッターがつぶやいているぐらいですから、大丈夫ですよ(笑)。
―― ポリゴン・ピクチュアズでは、一体どんな風に作っているのだろうと思っている人が多いはずです。これまで様々なスタジオでお仕事されてきていたお2人からみて、その秘密はどんなところにあると思われますか。
森田 そうですね……。たとえば、「Toon Boom Storyboard Pro」を使っているだけでも、その機能の端々に欧米の映画制作の考え方が垣間見えて面白いんですね。PPIはこれまで、米国の案件を受注してきた会社だとは聞いていましたが、それ以上に理想を持って、合理的な分業体制の構築を目指しているところに可能性を感じます。
―― 『ぼくらの』の監督をされて、テレビシリーズの制作がいかに苛酷かよくご存知だと思います。その点では、どうお考えになりますか。
森田 予算やスケジュール管理のことは、常に悩ましい問題です。正直、自分が経験したテレビシリーズの大変さからすると、いかにPPIでも、多少の破綻は免れないだろうと当初ひそかに予測していたのですが、これが想像以上に崩れない(笑)。よくあるのは、個別の作業者の遅れが全体にとって致命傷になってしまうケースです。PPIでも、残業や休日返上のスタッフはいるし、個別の局面で常にシビアな判断を迫られることに変わりはないのですが、そこを出来るだけ制作全体で吸収する意識があるようです。なし崩しにコントロールを失ったりはしないように見えます。
―― 片塰さんは、いかがですか。
片塰 PPIのアニメーション制作の仕組みは、過去に海外のテレビシリーズ制作を何本も受注してきたことでブラッシュアップされ、洗練されているんです。それは、あえて悪い言い方をすると、流れ作業的にデータを流していく「工場」のような仕組みが出来上がっている。でも、こうしたデータを流す仕組みがきちんとあるのは、国内ではPPIぐらいだと思います。パソコンを使っている方は、必要なファイルが見つからなくて長時間探しまわったり、フォルダを不用意に移動してしまったり、最新のファイルを古いもので上書きしてしまったとか、そんな経験がありますよね。PPIには、そういった間違いがおきない仕組みが、しっかりできているんですよ。我々は「パブリッシュ」と呼んでますが、最新のデータが出荷されると、それが次の受け取るべき担当者にメールで届いて、しかもすぐにロードできるようになっている。そういった連絡の仕組みもふくめて、非常にシステマチックに上手くできています。
 ただ、今の話をきいて、そういったシステムに縛られて作られたものは、手作りの工芸品にたいして、工業製品のようで面白みがなくて冷たいものだって思う人もいるかもしれません。僕自身の経験でも、「作画は温かみがあって、CGは冷たい」みたいに散々言われてきました(苦笑)。まあ、それにたいしては「一部賛成はするけれど、概ねあなたの思い込みによる感想ですよね」っていうことが、やっぱり多いんですよ。面白く味のあるものが作れないなんてことは全くあてはまらないし、むしろ無駄な労力を省くことで、かけるべきところにエネルギーを注ぐことができる。その結果、星白の肩甲骨の影だったり、ほっぺたのハイライトだったりするわけです。システムを改善して無駄を省き少しでも余裕を作って、それをまた別のところに投資するっていう作り方ですね。PPIはそうしたことに、本当に長いこと会社全体で取り組んできていて、まだまだそれは過渡期でもあるんです。もし、『シドニア』の映像がリッチだと感じてもらえているのだとしたら、その理由はシステム面の凄さがまず大きいと思います。
―― なるほど。制作システムの力が大きいと。
片塰 逆の言い方をすると、僕がPPIに入って最初に思ったのが、手描きアニメーションって、結局1カット1カットが「一点物」なんですよね。だから、そのカットの担当者である原画マンの力量次第で、歴史に残る「神回」みたいなものが出来る場合もあると思うんです。そういった良さもある反面、場合によっては、酷い回ができてしまうこともある。それはやっぱり、それぞれのカットがゼロから、つまり白い紙から描き上げる、一点物だからだと思います。でも、PPIのやり方はそうではない。準備段階で用意したモデルしか画面には登場させられない。だから、最初はそのことを少しネガティブにとらえていたこともあったんですよね。3Dで一点物のいいカットはどう作ればいいんだろう。ひょっとしたらこの仕組みでは作れないんじゃないだろうかって、絶望した時期も正直あったんですが、でも、そうじゃなかったんですよね。カット単位で徹底して無駄を省いていけば、それが積もってわずかでも余裕が生まれてくる。そのときに初めて、最高の一点物であるスペシャルなカットが実現できる。そのための仕組み作りを、まずしっかりやる必要があるんだなと実感したんです。僕の印象としては、『シドニア』の2期ではそれが少し上手くいったと思っています。1期をやったスタッフが続けて2期を作れたおかげで、一点物を作り出すエネルギーに少しまわすことができた。同じスタッフで連続して作ることができて、本当によかったなと思っています。

まだまだやれることは沢山ある

―― 最後に、制作をおえての手応えと、今後の展望をきかせてください。
森田 今回、こうして片塰さんと取材を受けさせていただいて、まだまだ3DCGのことが分からない、もっと勉強しなければと思うのですが、一方で、そこをあまり追いかけたくないという気持ちもあるんです。「むしろ自分は3DCGの技術の細かいところとは距離を置いて、今より一層、絵作りのアイディアやキャラクターの表現や芝居を掘り下げていくことに注力していくべきかな」と思っています。なので、いずれ是非、ディレクターをやらせていただきたいと思っています。
―― 片塰さんは、劇場アニメ『亜人』でも造形監督として立たれていますよね。
片塰 ええ。僕はPPIでは、ずっと造形監督という立場でやらせていただいていますが、この職種はまだ手がける人間が少ないため、複数の案件を掛け持ちすることが多いです。例えば、『シドニア』の1期と2期の間には、宮崎吾朗監督の『山賊の娘ローニャ』をやりましたし、2期の途中からは『亜人』のモデリングがスタートしたり、ルック・デブを提案していたりもしました。案件ごとに作風があるので、その都度新しい造形プランを考えるのですが、そうすると、『シドニア』では思いつかなかったことを『ローニャ』や『亜人』で試せたり、そこで上手くいったことを2期にフィードバックしたりできるんですよ。そういう“掛け持ち”の良さを実感しています。
 あと、今、思っているのが、テレビシリーズとしてのクオリティの先には、さらに劇場作品という、また別のステージがあるな、ということなんです。『シドニア』はテレビシリーズの枠の中で凄く頑張って作りましたし、良い評価をいただけた。でもその先にある劇場クラスの作品のクオリティというか“格式”というのは、どんなものなのだろう、どんな作り方で達成できるんだろう、って考え始めていまして。まあ、こんなことを思うのも、2期が終わり、劇場に足を運ぶ機会が増えて、他の劇場作品を立て続けに観たせいなんですけどね(笑)。
―― 1期の放送前に先行上映会がありましたよね。そのときに1期の1話と2話を劇場で観た衝撃が今でも忘れられません。個人的には、あの時点で劇場クラスだなと思いました。
片塰 そう! そう思いますよね。僕もずっとそう思っていたんです。でも、2期を作り終わった今思うのは、まだまだやれることは沢山あるなっていうことなんです。
森田 演出面でもそこは同じですが、テレビシリーズから劇場作品に表現のステージを上げるというのは……場当たり的な工夫の話ではないですよね。これは思わぬ宿題をいただいちゃいましたね(笑)。
片塰 僕の仕事の範疇である造形面や、質感の設計みたいなところでも、まだまだ磨けるところはいっぱいある。そんな風に、今は思っています。
―― 今後のお仕事も楽しみにしています。今日は有り難うございました。

Official Website
アニメ『シドニアの騎士』公式
http://www.knightsofsidonia.com/

ポリゴン・ピクチュアズ
http://www.ppi.co.jp/

Soft Information
『シドニアの騎士 第九惑星戦役』Blu-ray第4巻<初回生産限定版>※DVD版も同時発売
発売日:7月22日
価格:7,800円+税
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(C)TSUTOMU NIHEI・KODANSHA/KOS PRODUCTION COMMITTEE