結城二十六名義で手がけたアニメ音楽
作曲家 菊田裕樹(第3回)

第1回第2回に続き、菊田さんのブラックボックスな活動とも言える、結城二十六名義の仕事についてさらにお聞きする。アニメ音楽の作曲を手がけた経緯、そして菊田さんの創作活動が漫画から音楽へと大きくシフトすることになった転換点とは?

Profile
菊田裕樹 Hiroki Kikuta

作曲家。東京音楽大学特別招聘講師。1962年、愛知県生まれ。スクウェア(現スクウェア・エニックス)在籍時に『聖剣伝説2』『聖剣伝説3』『双界儀』の音楽を担当。独立後も、『シャイ ニング・ハーツ』『エスカ&ロジーのアトリエ〜黄昏の空の錬金術士〜』等、多数のBGM作曲を手がけるなど多方面にて活躍。公式サイト(http://hirokikikuta.com/)、Twitterアカウント(https://twitter.com/Hiroki_Kikuta)。

大学時代の恩人2人のおかげで作曲活動を開始

—— 結城二十六名義で手がけられた、アニメ音楽の話も伺わせてください。不確かな話で恐縮ですが、テレビアニメの『ロビンフッドの冒険』の音楽を菊田さんがやられているという話がありますよね。
菊田 はい。
—— ネットで「これは菊田さんがかいた曲ではないか」と書いている方がいて、ウィキペディアにも菊田さんのお仕事として載っています。実際に私も『ロビンフッドの冒険』を何話か観てみましたが、たしかに菊田さんっぽい曲があったように思います。真相はどうなんでしょうか。
菊田 先にお答えすると、作曲には参加しています。
—— そうなんですか! では、あらためて菊田さんとアニメ音楽との関わりから聞かせていただけますか。
菊田 この件は、大学の漫画研究会の先輩の話にまでさかのぼるんですよ。僕には恩人である先輩が2人いて、どちらも学漫のサークルの人なんです。1人は村田篤俊という方で、サークル時代に一緒にバンドをやっていて、僕の作る音楽を好いてくれていたんですよね。村田さんは大学をでてからJCGL(コンピュータ・グラフィック・ラボ)という日本のCGの草分けとなる会社に入ってプログラマーをやられていて、当時アメリカのシーグラフとかに行っては、向こうで見たあれこれを僕に教えてくれたりしたんです。その村田さんが、僕が漫画を描いている頃に「お前は音楽も作れ」と言って、何十万もするシンセを買ってくれて——まあ、今振り返っても本当に考えられないような恩なんですけど、「これを使って音楽を作れ」と言ってくれたんです。
—— 大学時代、漫画の他にバンド活動もされていたんですね。楽器は何をやられていたんですか。
菊田 シンセやキーボードです。色々やっていたから、ひとつの流れでは話しきれないんですよね(笑)。
—— その時は、音楽で食べていこうとは思われなかったんですか。
菊田 いやあ……。そういう流れじゃなかったですねえ。
—— 村田さんという方が、菊田さんに音楽の才能があると思って、そこまでしてくれたんですね。
菊田 大学をでてからもずっと友達だったんですけど、ある時に「音楽を全然作らないのはよくないから、お前作れ」という話をしてくれて。村田さんは自分でも楽器をやっていて、たまに僕も彼のところに行ってちょっと曲を作ったりしてはいたんですよ。で、けっこういいシンセをひとつ買ってもらえたので、それを使って、色んな音楽のデモをいっぱい作りました。それがまず、ひとつ大きな出来事だったんです。
—— なるほど。
菊田 もうひとりの恩人である先輩は、植田基樹(植田もとき)さんという方で、彼も同じサークルなんです。植田さんは大学をでてから国際映画社に行って、『ななこSOS』とか『超攻速ガルビオン』辺りの作品に関われていたんですが会社が倒産して、そこからタツノコ(当時竜の子プロダクション。現タツノコプロ)に行ってプロデューサーを始められたんです。で、植田さんがタツノコにいるときに僕は小さな仕事をちょこちょこもらっていたんですよ。
—— 例えば、どんな仕事ですか。
菊田 『(赤い光弾)ジリオン』の設定書に色を塗るとか、『(天空戦記)シュラト』のちっちゃな漫画を描くとか、そういうよくわからない仕事です。
—— 表にはでないような細かい仕事を手伝われていたと。
菊田 その植田さんに、「今シンセがあって、こんな音楽を作っているんです」とデモを聴いてもらったんです。そうしたら「お前、ちょっとこういうのを作れ」と言われたのが『ロビンフッド』の音楽の仕事なんです。あの作品の制作はタツノコで、ちょうど植田さんが担当していたんですね。で、ちゃんとした劇判はあるんだけれど、音響監督の人がもうちょっと曲がほしいと。「元々の曲もいい曲なんだけれど、もうちょいアクションとか激しいシーンにつける曲がほしいから、お前作ってみろ」という話をもらったんです。それで、何曲か作らせてもらったんですよね。
—— どうして、菊田さんの名前がクレジットされてないんでしょうか。菊田さんに聞く話ではないかもしれませんが。
菊田 もう放映が始まってましたからね。権利の座組みもがっちり決まってしまっているなかで、曲が足りないからどうにかしてくださいっていう話でしたから。そこら辺は、元々しようがない話だったんですよ。
—— そもそも放映後にきた話だったんですね。
菊田 そうです。
—— では、菊田さんが作っている曲は後半の話数に使われているわけですね。
菊田 そういうことです。途中まで作ったところで、「もうちょっと何とかなりませんか」と言われたんじゃないかと思います。
—— サントラには、菊田さんの曲は入っていないんですよね。
菊田 入っていません。
—— ということは、サントラに入っていなくて、後半にかかっている曲のいくつかは菊田さんが作られていると。
菊田 10曲ぐらい作ったと思います。一生懸命作って、それが案外いいっていう評価をもらえたんです。それで、その何年かあとに『白雪姫の伝説』の話がきたんですよ。
—— そういう経緯があったんですね。『白雪姫の伝説』は、結城二十六名義でクレジットされていますが、これは1人で担当されているんですか。
菊田 そうです。ほんとに、よくこんな注文を僕になげてくれたなと思いますよ。今考えてみても凄いと思います。
—— NHKの1年もののシリーズの音楽ですものね。
菊田 これはNHKの衛星放送で流れていたんですよ。だから、レコード会社が入ってこなくて、作曲家を自由にふれたんじゃないかと思います。普通のテレビ局だと、たいていレコード会社が入ってきて、そういうことはなかなかできないですからね。版権の問題もありますし。これは、本当に有り難い話でした。全部で100曲以上作っているんですが、そのうち10曲はフルオーケストラなんですよ。
—— そうなんですか。
菊田 振ってくるのも無茶だと思うんだけど、僕もフルオーケストラの曲なんかかいたことないのに「やります」と言っちゃってね(笑)。フルオケ用の20数段ある譜面を使わなければならなくなった。当時は、コンピューターの作曲ソフトでちゃんとしたものってほとんどなくてね。 ATARIというパソコンで動くNOTATORというシーケンサーだけが、唯一譜面を打ち出すことができるソフトウェアだったんですよ。ATARI 1040ST というパソコンで、僕が25年前に購入したこのマシンは今、ランティスの佐藤純之介君が持っていますけども、そのハードとソフトを海外から取り寄せて、オケ用の音源もけっこうな金額をかけてそろえました。オケの譜面の書き方もわからないから、それ用の本を読んで勉強しながら、ひとつひとつオーケストラのことを学んでいって10曲分の譜面を書いたんですよ。そうやってできあがった曲をもって、50人ぐらいの演奏者が入った大きなスタジオに行き、せーのでフルオーケストラで弾いてもらって——あの時は震えましたね。10曲を録り終えたのは、ほんと奇蹟でした。それが最初のレコーディングで、わりと評判もよくて気に入ってもらえたんですよ。その後、フルオケ以外の残りの曲も全部打ち込みで制作して、我ながらだいぶ頑張ったと思います。
—— それは凄いですね。制作現場には足を運ばれたんですか。
菊田 どんな風にできていくのかちゃんとみたかったので、アフレコやダビングには出てましたよ。プロの仕事はほんとに凄いなと思いました。音響監督のオーディオ・タナカの田中(英行)さんという方が天才肌の人で、好きに音楽を作らせてもらっていたんですよ。その音楽をまた上手く使ってくれるんですよね。声優の方々も上手い方が沢山いて、凄いなと思わされました。
—— 菊田さんにとって、『白雪姫』の音楽作りはかなり大きな体験だったんですね。
菊田 大きいですね。こんなチャンスを与えられること自体が本当に有り難いことだし、この経験は凄く得難いものでした。僕にこういう仕事をふってくれた植田さんには感謝しています。
—— 『白雪姫の伝説』の映像ソフトはでていますが、サントラはでていないですよね。サントラ復刻のようなかたちで、いつか出ると嬉しいなと思います。
菊田 作ろうと思えば、たぶんできると思いますよ。『白雪姫』に関しては、タツノコと契約を結んでいますので。きちんと話をすれば出せないことはないと思いますが、曲数が多いのと、この頃のサントラはモノラルなので、そのあたりが難しいかもしれませんね。
—— もとのマスターもモノラルで収録されているのでしょうか。
菊田 もとの収録テープは、ステレオで録っているのかなあ。手元にあるものをチェックすれば分かるはずですが、サントラのマスター自体はモノラルで作っているはずです。あの頃は、テレビの音声はみんなモノラルでしたからね。

『テッカマンブレード』の設定協力と『同II』のSF美術協力

—— 結城二十六名義で手がけた、タツノコでの他の仕事についても聞かせてください。絵に関する仕事もされていたようですが、これも植田さんから請けたものになるんでしょうか。
菊田 そうですね。植田さんから、いろいろお話をいただいていました。
—— お名前がクレジットされているものですと、『(宇宙の騎士)テッカマンブレード』での設定協力という仕事があります。
菊田 そうそう、ありましたね。あの時には植田さんから「何か面白いSFの設定を考えろ」と言われて、「軌道エレベーターというものがありましてね……」という話をしたんです。で、地上から真っすぐいくだけだと面白くないから、そこから先に輪っかのようなものが繋がる構造を提案して、これはポール・バーチという人の考えた「オービタルリング」という概念なんですよと。他にも、デザイン込みで「こういう設定がいいんじゃないですか」と話して生かされたものがあるはずです。
—— 確かに作中に「オービタルリング」が出てきますが、これは菊田さんの発案なんですね。その時には、絵も描かれて提案されたのでしょうか。
菊田 描きましたよ。アニメの設定は絵ありきですし、「こういう絵面になりますよ」というのが面白さですからね。
—— 設定資料のようなかたちで、菊田さんの描いた絵も残っているのでしょうか。
菊田 どうなんでしょう。僕は絵が下手くそだから、アニメ専門で描かれている方の絵とは違うんですよ。ただ、アイデアとしては確かに入っていて、クレジットにも入れてくれたので、当時とても有り難かったですね。
—— OVAの『テッカマンブレードII』では、SF美術協力としてクレジットされています。ここでは、どんなものを描かれたのでしょうか。
菊田 宇宙船か基地あたりを描いたんだったかなあ……。あんまり覚えてないんですよね。
—— 絵で描かれたのは間違いないんですね。
菊田 デザインとして描いていると思いますよ。僕の関わり方というのは、あれこれ面白いことを思いついて話したり描いたりして、何でも屋的に使ってくださいっていう感じだったんです。ブレーンストーミングみたいにアイデアを色々とだす感じですよね。植田さんとは友達づきあいもあるから、その延長で「こういうのがあるんですけど、どうですか」「それ面白いよね」みたいな話になって、その中から自由に使ってもらっていたんじゃないかと思います。あくまでアイデア出しであって、制作スタッフの方と関わるようなこともなかったですし、裏方のような仕事ですね。

『ロマンシング サ・ガ』の効果音

—— 本来でしたら、ここで『聖剣伝説2』や『3』の話を伺いたいところですが、他でも沢山お話されていますので、今回は止めておきたいと思います。ただ、これまであまりお話されてなくて気になっているお仕事が、菊田さんが手がけた『ロマンシング サ・ガ』の効果音なんです。これは、全て作られているんですか。
菊田 いえ、全部ではないですよ(編注:エンディングのクレジットでは、Sound Effectとして菊田裕樹さんと上田晃氏の2人がクレジットされている)。
—— 効果音を作るには、具体的にどんな作業をされていたんでしょうか。
菊田 効果音はそれ用のエディタがあって、その数値をちまちまいじりながら、一音一音作っていくんです。効果音をまるまる作っていないというのは、当時は効果音は好きな人が作っていいという風なルールになっていたんですよね。グラフィッカーの人とかで効果音が好きな人が「作らせて」と言ってやってきて、作っていくっていう。それを聴いて「あ、これいい感じ!」となると、どんどん採用されていくみたいな感じで垣根がなかったんですよ。
—— 菊田さんはどの効果音を作られたか、覚えているものがあれば、教えてください。
菊田 剣で切る系やアタックの音や、ああいうものはほとんど全部やっているはずです。
—— 当時プレイしていて、大剣の「ザクッ」という音が凄く印象に残っています。
菊田 その音は、僕が作っているはずです。効果音には僕なりの方法論があって、どんな音を作りたいか、まず口でいってみるんですよ。例えば、「ズバシュ!」っていう音がほしいと思ったとしたら、まず「ズ」はこうやって作って、「バ」や「シュ」はこうして……という風に作って、それを合わせて調整していくんです。
—— 先に、語感をイメージしてから作るわけですね。
菊田 漠然と作るのではなくて、構築の仕方を考えていくような作り方をしていました。まず語感を考えて、そこから今度は「ズ」と聴こえる音をどうやってだすか、色んな波形とかを試しながら研究していくわけです。曖昧なものを曖昧なまま作るのではなくて、ちゃんと理論として解析して、「バ」という感じをだすためにはこの波形とこの波形をあわせて、こういうノイズをのっけて……みたいなことをやっていました。そうした考え方みたいなものは、のちの『聖剣2』や『3』の音楽作りにも生きていると思います。

<最終回を読む>

Information
菊田裕樹さんとギタリスト佐々木秀尚氏によるプログレユニット「ANGELICFORTRESS」のコンセプトアルバム、2083ショップで販売中。
http://shop.2083.jp/?pid=97646687

ゲーム音楽コンサート「NJBP Live! #5 ”Enhancement”」、6月26日(日)に北とぴあ つつじホール(東京都北区王子)にて開催。菊田裕樹さんがゲスト出演し、「聖剣伝説2」「聖剣伝説3」の楽曲を特集。
http://njbp.org/concert/live5/