第1回、第2回、第3回に続き、『ダイヤのA』におけるこだわりについてお話を伺ってきた本取材もいよいよ最終回。作品に対する熱い情熱について、余すところなく語っていただいた。
Profile
増原光幸 Mitsuyuki Masuhara
アニメーション監督。主な監督作品に、『チーズスイートホーム』『こばと。』『ブレイド』『しろくまカフェ』などがある。
驚かされた落合福嗣さんの実力
—— 再びキャストについてのお話なのですが、演技付けに関して、増原監督から注文をつけることはあったのでしょうか。
増原 『ダイヤのA』通常のアフレコの流れだと、テストの段階では何も言わずにやります。それが終わったところで、注文をつけていくことはあります。最初から何か指導するようなことは、ほぼないです。新キャラくらいですかね。
—— そもそもキャストの方が、全然違う演技プランを考えていたということはありますか。
増原 それはありますね。キャストの方は、出てくる登場人物になりきった視点での考えになるので、「ここはこういう感情だからこうしないとおかしい」と演技されているのですが、お話の流れ上、一見怒って見えるシーンでも、実は悲しみの裏返しだったということがあるんですよ。そこでリテイクを出すと「え、どうしてですか」という話になるのですが、実は過去にそのキャラクターにこういうドラマがあったんだという理由をお話すると納得していただけるんです。
—— それは長期作品だからこその悩みですね。
増原 ええ。そういう絵面との大きな芝居のギャップがあったりするんです。そのあたりのニュアンスの汲み取り方は、伏線あっての話が前提なのでしょっちゅうかもしれない(笑)。皆さんやっぱり多忙ですからね。
—— それはしかし、それまでの複雑なドラマをいちいち説明していられない状況もあるでしょうから。
増原 ええ。かえって混乱することもあるので、それはもう役者次第になることが多いですね。ただ、背景が分かったうえで演じると、要求以上のものが返ってくる方もいらっしゃるんです。櫻井さんや神谷さんは引っ張りだこの役者さんですが、やはり本当に実力があると思います。彼らが収録前に設計してきている芝居がすでにあるのですが、現場で違うオーダーをされても、すぐ対応して180度違う芝居ができるのはさすがですよ。……その意味で僕が驚いたのは、最近入ってもらっている落合福嗣さんなんですよ。中村(亮介)監督作品で今期メインキャラクターで起用されているらしいけど(※『灰と幻想のグリムガル』のモグゾー役)。「やられたっ!」と思いました(笑)僕が先にメインキャラクターでやりたかった。
—— ああ、中村監督はマッドハウスご出身ですからね(笑)、しかし、そのお話はちょっと驚きですね。
増原 キャリアは全然ないのですが、「確かに一見そういう芝居なんだけど、こういう理由があるからこそ、この台詞なんだ」という話をしたら、コロっと変えることができる。「この人はできる人だ」と思いましたよ。天才だなと。
—— そこまでですか。
増原 芝居に深みもあるし、ここから思いきり躍り出るタイプですね。彼自身の力で登っていきますよ。ただその才能だけでは登り切るところまでは難しい。中村監督のところでメインキャラクターに抜擢されたのは、何か持っているからだと思います。
—— 『グリムガル』のガイドブック(『灰と幻想のグリムガル Official Starter Guidebook』)を読む限り、中村監督は落合さんのことを知らずに、声だけで決めたそうですね。
—— 落合さんの過去を知らないということは、色眼鏡で見ないということですからね。でも、普通に礼儀正しい方でした。新人さんの一番大きなハードルは、緊張で本来の力が出せない、ということなんですが、彼はそういうこともなかったです。
一年生とキャスト陣
—— 少し話の矛先を代えまして、先ほど神谷さんが上手いというお話が出ましたね。神谷さんの真田役は、あまり捉えどころがないキャラクターに思えるんですが。
増原 素直にやったら癖のないキャラなのですが、神谷さんがやると存在感が出るんです。真田というキャラは、普段マウンドから降りている時はへらへらしていて、御幸っぽい感じもあるのですが、マウンドに登った途端にスイッチが入るような男なんです。神谷さんもおしゃべりが好きだから、収録以外の時間はお話をされてたりするんですけど、録りに入ったらスイッチが入りますね。
—— 役柄とシンクロしているんですね。
増原 でも残念なことに別録りが多いんですよ。かろうじて幸いなのは、雷市との会話は、そもそも会話になってないというところ。
—— (笑)。
増原 雷市はちゃんと相手の感情を汲み取って話してないですからね。「カハハハ、真田先輩最強!!」。コイツ会話になってねえと(笑)。
—— 雷市は大変そうですよね。
増原 雷市はいつも(小野)賢章くんが笑いに苦心しています。「カハハハ」と一度大声で言ってもらうと分かるのですが、息が続かないんですよね。だけど「いよいよ薬師の主砲、轟雷市ーーー!」と実況が入っている間、10秒くらい「カハハハ」と笑っているんですよ。頑張ってやってくれます。で、むせます(笑)「ごめんね。でも、もう一回……」みたいな(笑)。一時期の増子さんみたいな感じですが、増子さんは途中から、ウガウガしか言わなくなっちゃった(笑)。
—— 増子さんは、もはや話をしてないですよね。そのまま卒業してしまいますし……。最近では、以前スポットが当たっていなかった1年生が主流になっていますよね。
増原 ああ。東条なんかがそうですね。
—— 東条は、初期の頃からいましたよね。
増原 実は第3話にいたんですよ。監督から順番で呼ばれるところに。
—— あれが、初登場ですか。原作にはいなかった気がするのですが?
増原 ないです。あれは意図的に登場させました。
—— それは原作が先行している作品ならではのサービスですね。
増原 確かに利点としてありますよね。第1話で沢村と東先輩が勝負するところで、後に出てくる先輩たちがちらっと見えたりもしています。
—— ちなみに顔は見えませんでしたが、第5話のベンチでうなだれているのは東条ですか?
増原 ええ。あれは東条ですね。あれがきっかけで東条はバッターに転向しているかもですね。
—— ではあれは一見何気ないシーンですが、相当重要なんですね。
増原 当時は、そこだけの役どころだったので、再度キャスティングをし直してるんですよね。役者さんも全然出てこないのに、スケジュールを抑えておくわけにもいかないですからね。
—— 東条は蒼井(翔太)さんがキャスティングされているんですよね。
増原 蒼井さんは物腰が柔らかくて爽やかな方ですね。芝居はまたちゃんとできる方ですし、歌手もやってたみたいで。ラジオドラマをやる時に、歌うシーンがあって。蒼井さんが「これは本気で歌ったほうがいいんですか?」と。彼が本気で歌うと上手くなっちゃうから(笑)「高校生が歌うくらいの上手さです」と言いました。音痴ではダメだけど、めちゃめちゃ上手いと東条のキャラではなくなってしまうので、本職が本気出しちゃダメですよって(笑)。
—— 前園については随分昔から出ていますよね。
増原 ああ、田尻(浩章)さん。メインどころの役は、まだそんなにやってないんじゃないかと。田尻さんは特徴があるから、敵校のモブで「沢村ぶっつぶせ」というようなセリフを言うと、完全に前園が言ってるようになってしまうんです。ちょっと控えてもらっています(笑)。
—— 金丸なんかも最近は前に出てきてますよね。
増原 松岡(禎丞)さんは普段はおとなしく、口数も少ないのですが、芝居をやるときはガラっと変わります。役に入ったかのように元気に芝居をするのが印象的ですね。
スペシャル回の絵コンテマン
—— 少し絵コンテマンについても伺えればと思うのですが、割と初期の頃は笹木(信作)さんの話数が目立っているという印象を受けました。
増原 素晴らしい方でした! 自分の色を出してくださるのですが、キャラクターが違う芝居はさせない。演出で盛り上げるところ……例えば原作ではすーっと投げてしまっているけど、もっとカウント作って球を投げたりとか、そのあたりのドラマの理解の仕方が非常にうまかったです。
—— 臨場感のある試合シーンでしたね。特にフットライトを多用し始めたのが笹木さんだったのではと。
増原 その通りです。笹木さんの演出回から始めました。
—— では、笹木さんの演出方法が、その後の『ダイヤのA』の演出方法として確立していった?
増原 そうなんです。残念ながら、最近はスケジュール的なところで合わなくなってしまったのですが……。
—— もうひとり、監督の片腕的なところで言いますと、佐藤(雄三)さんがいらっしゃるという感じでしょうか。
増原 ええ。特にアクションは素晴らしいです。恥ずかしい話なのですが、佐藤さんにもコンテチェックを時々手伝ってもらっているんです。そうすると、ガラッと変わってることが。
—— ああ。佐藤さんが上手すぎるから、かなり手を入れてしまうと。ローテーションに入っていないところでお聞かせいただきたいのが、浅香(守生)さん、神志那(弘志)さんのコンテ回なのですが。
増原 浅香さんの回(第50話「明日への足跡」)は、第1期の最終回になるかもしれなかった回ですからね。それにふさわしい物になっていたかと思います。
—— 外伝的な部分のある話数でしたね。
増原 浅香さんは3年生の足跡を描いたんです。積み上げてきた先輩方の過去が垣間見られる。
—— (笑)。
増原 キャラクター性を抑えた上で、自分の遊びを入れてきますからね。とても洗練されています。世界観も壊していない、キャラクターも壊していない、ちょっと意外性もあるけど、このキャラクターだったらあり得るかなというラインを突いてくるんです。経験が長いと、汲み取るのがうまいなあ、と思います。
—— 浅香さんが絵コンテを手がけていらっしゃる最初(「Go EXCEED!!」)と2つ目(「PERFECT HERO」)のオープニングが、とても印象的なのですが、そのあたりについてはいかがですか?
増原 絵的な遊びもあるし、デザインも凝っていました。背番号がバババと象徴的に出てくるところは、熱いなと思いました。動きで見せる部分ではありませんから、「これぞ演出」という感じでしたね。
—— 神志那さんの第75話は、けっこう細かく動いていますが、あれはコンテの段階で入れている?
増原 コンテの段階でも入れています。そしてあれをやっている演出さんが白石(達也)さんという方なんですよ。白石さんは肝になる話数をやってくださっているんです。ホームランを打ったときに、ちゃんとスローでいくのは、だいたい白石話数です(笑)。印象的なところでいくと、第2話の沢村が中学生の同級生と別れて旅立つ話数と、先ほど話した浅香さんの回と、第75話の神志那さんコンテで「秋大に行くぞ」というところで、ラスト4分間音楽を乗せるシーンですね。
—— ああ。「疾走れ!ミライ」が掛かるシーンですね。そこまで長尺で掛かることは、まず通常のアニメではないですよね。
増原 フルコーラスではあまりないですね。でも、今回はやってみました。曲の歌詞もあっているし、さらに第2期にも繋がるだろうという大事なシーンでしたから。神志那さんにコンテをいただいたところで僕が調整したのは、音にあわせて若干シーンを入れ替えたり、間奏に台詞を入れるために台詞を調整したりといった、本当に一部分だけなんです。大元の設計がすごくよかったんですね。
誰の心情に音楽を乗せるのか
—— 他に演出的な部分で印象に残ったところはありますか?
増原 第1話と第2話ですね。連載では2ヶ月くらいかけて栄純と友人との別れをやるのですが、アニメだと2週目ですぐに別れてしまうので、原作そのままだと、今までずっといた仲間達と別れる感が乏しくなっちゃうんですよ。そこでコンテにいくつか盛り込んだのですが、第1話、第2話の絵コンテというのは、これからやっていく『ダイヤのA』という作品のスタイルを提示する大事なものなので、その中で、オリジナルのシーンはどういう塩梅までなら入れていいかというところも提示したんです。
—— オリジナルシーンはどんなところだったのでしょうか。
増原 栄純が縁側で勉強していたら、「海に行こう」みたいな感じで仲間から誘いが来るんです。「勉強があるから」と一度断るのですが、そこで仲間たちがスイカを出して皆で勉強しはじめて……という一連と、さらに夜にひとりで勉強していて、眠いんだけどボードに貼った仲間たちの写真を見て気合いを入れ直すというところですね。こういうあくまでも物語を補完するようなシーン追加なら、アリだよという提示です。
—— 第2話で、もう泣ける展開でしたね。
増原 みんなが駅のホームに集まって、キャッチャーの子が涙を流し始めたあたりで、しんみりとした曲が流れますが、ここで沢村が心情的に激変するスイッチが一箇所あるんです。残された子たちのひとりが「本音を言うと、栄ちゃんと一緒にもっと野球がやりたかった」と言う瞬間。あそこでスイッチが切り替わるんですよ。笑顔で送り出してくれていると思っていたけど、実はそういう気持ちを、この子たちはずっと我慢して半年黙っていたんだと。そこで沢村が「聞いてなかったよ、どういうことだ!」という後悔の念と自分が気づけなかったことへの怒り。そんないろんな感情が押し寄せてくるところから、沢村のテーマが流れるわけですよ。あの……いつもの曲が!
—— (笑)。一曲構成ではなく、あえて二曲使っているわけですね。
増原 春の桜が舞い散る中での、穏やかな彼の出発というところから、どんと突き上げる。その曲の付け方はこだわりました。稲実戦もそうです。怪我をしている亮介が、二遊間に飛んできた球をギリギリ取れなくて、ダメだと思ったら倉持が素手でキャッチする。そこでアウトというシーンがあるじゃないですか(第55話「強い男」)。
—— 感動的でしたね。
増原 ここのスタートですが、「アウトでよかったね」ということを表現したいわけではない。一緒に甲子園に行きたいと思っている倉持の気持ちと、亮介のそれに対する想いに曲を付けてあげないと。ですから、ここは倉持が飛び出してきたところで曲をスタートさせているんです。そういう音楽設計の演出はよく考えました。
—— あそこも名シーンですよね。
増原 そういえばあの話数は、コンテの素上がりに対して原作側からチェックを入れていただいたら……なんとネームが上がってきて。
—— ええ? 寺嶋さんのですか?
増原 「こういうのはどうでしょうか?」とネームが来たんです。「いただきます!」と。もちろん、そこからアニメに落としこむための組み立てはしました。僕が思うに、青道と稲実の違いは、個人プレイかチームプレイかということなんです。例えば、前日の夜の寮のシーンで、稲実は個々が部屋で精神集中している。一方青道はみんなで集まってミーティングしている。そういう違いを出しているんです。ですから、先ほどのシーンは、誰かが怪我をして全力が出しきれなくなった時でも、それをフォローできるという、青道の絆の強さが一番出ている場面なんです。
大きく変えた「球の描写」
—— 一期と二期で演出的に変えたことはありますか?
増原 劇的に変えたりはしないですね。ただ、大きくは球の描写が違います。球が飛んで来るカットが割と派手になっています。
—— 最近だと、黒バックに球だけが迫ってくる描写がありましたね。
増原 常の投球ですね。重い球が欲しかったんです。降谷も重い球だから、あれと同じ描写をしたら、キャラクター性がごっちゃになってしまうかなと。寺嶋さんからのリクエストもあったのですが、分かりやすくするために、いろんなエフェクトを使って質感を変えているんです。常の球は演出さんに3D使ってくれとオーダーしました。
—— ええ? あれは3Dなんですか。
増原 常の球は隕石だと。コンテのト書きにも「小川の球は地球壊れちゃう」って書いています(笑)。それと、沢村が王谷戦で大活躍するのですが、高速チェンジアップを覚えて、球が粒子を放つようにキラキラ光るんです。あれはコンテのト書きに「イリュージョン」と書きました。
—— それだと指示として逆に分からなくなるのでは(笑)。
増原 この描写が来たら、一発で球種が分かるようにする。それは、二期になって、こんなに女子率が高いんだと思ったところに起因もしているんです。野球はそれほど興味がないけど、ドラマやキャラクターに惹かれて見てくださる方もいると思うので、誰の球か球種による違いが分かるようにしたほうがいいだろうと。この作品は、誰が見ても一緒に盛り上がって欲しいんですよ。
Official Website
アニメ『ダイヤのA』公式
http://diaace.com
Soft Information
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価格:3800円+税
きゃにめ.jp
(C)寺嶋裕二・講談社/「ダイヤのA‐SS‐」製作委員会・テレビ東京