視聴者のポジティブな声がフィルムを良くしてくれる
『SHIROBAKO』プロデュース 川瀬浩平(最終回)

第1回第2回第3回と続いた本記事も今回で最後。最終回のオンエアが迫る現在の心境や、川瀬さんご自身が「アニメを作っている理由」などを伺った。

Profile
川瀬浩平 Kohei Kawase
プロデューサー。ワーナー エンターテイメント ジャパン株式会社所属。『ナースウィッチ 小麦ちゃん マジカルて』『灼眼のシャナ』『ロウきゅーぶ!』『selector infected WIXOSS』など多くの作品のプロデュースを手がける。

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企画発表時のさまざまな反応

—— 制作会社を舞台にしたアニメを作るとなったとき、周囲で色々な反応があったんじゃないですか。
川瀬 正直、業界中が注目していたと思うんですよね。視聴者のことはおいといてですけど(笑)。
—— (笑)。たしかに、アニメの編集やライティングを生業にする我々も興味しんしんでした。
川瀬 「いったい何をやるの?」っていうのは、あったと思うんですよね。実際に企画が発表になったとき、同業者から「チャレンジャーですね」って話はよくされました。最初にお話したとおり、ビジネスまわりのプロデューサーとして同じ感覚があったと思うんですよね。「面白いところに目をつけたね」って言ってくれる人もいました。あと、「どこまでやるの?」みたいな反応もあって、業界人は何かというと、耳年増の公園のおばちゃんみたいなところがありますから、「どこまでゴシップ的なことをやるのか」みたいな意味もこめての質問なんですが、「いや、別にそこをやりたいわけではないから」という話をしたりしましたね。
—— なるほど。
川瀬 世間的に、アニメ業界がブラック業界みたいな言われ方をされている側面もあるじゃないですか。そういった言われ方のせいで、凄く勘違いされている方もいたりしますので、この作品をそういう風にとってほしくはないなとも思っていたんですよ。そうしたら、水島監督が「1話は、作監の瀬川さんが倒れているのがラストなんですよ」って話をニヤニヤしながらしてきて、「アンタさあ……」っていう(笑)。
—— (笑)。確かにあそこはショックを受けますよね。倒れ方が尋常じゃなくて、あとで過労のせいだと分かってホッとしました。
川瀬 「これ、みんなビックリしますよ」って楽しそうに話していて、「ビックリしますよじゃねーよ!」って(笑)。まあ、そういうところも含めて注目していただけました。

クリエイターの真摯な姿勢は、今も昔も変わらない

—— 後半のエピソードで特に印象的だったのは19話でした。セル画時代の昔の話が、あそこまでしっかりと描かれるとは驚きで。
川瀬 19話は、脚本会議のときに堀川さんから出たインスピレーションからスタートした話でした。アニメ制作会社さんの集合写真で、みんながビルから顔をだしたりして楽しそうに写っている1枚の写真があって、堀川さんがそれを非常に気に入られていたんですよ。あの時代の人たちも、かたちは違えど今と同じように、大変なこともありながらも、みんなで楽しくアニメを作っていた。その空気感みたいなものを伝えたいと、言葉を変えながら、いつも堀川さんはおっしゃっていました。
—— あの話数で、あおいが「昔のようなアニメは、今は作れないかもしれない」みたいなことを言うじゃないですか。私自身、あおいと同じようなことをたまに思ってしまうことがあります。でも、19話では「今も昔も変わらない」という風に描かれていたのがよかったです。
川瀬 あの話では、「昔はよかった」みたいなノスタルジーも、過去の礼讃も別にやるつもりはないんです。当時のクリエイターを殊更に取り上げてレジェンド扱いすることもなく、あくまでも冷静に、あの頃の時代を、あおいちゃんというフィルターを通して描くことが大事なのかなと。もちろん、当時のクリエイターの殺人的な仕事量と質の高さは凄いことではあると思うんですけど、今のクリエイターだって相当凄いですからね。クリエイターというものは、昔も今も変わらずに、職人さんとしていいものや面白いものを作ることにたいして真摯に向き合っている、ということを見せられた話数かなと思います。

『アンデスチャッキー』制作時、武蔵野動画で設定制作をしていた丸川社長

『アンデスチャッキー』制作時、武蔵野動画で設定制作をしていた丸川社長

—— あそこで、『(山はりねずみ)アンデスチャッキー』のオリジナルエンディングがかかる展開にもグッときました。シリーズ終盤に、制作的には大変ではなかったですか。
川瀬 現場は大変だったと思います。スケジュールは、どうしても後半にいくにしたがって押してきますからね。ただ、やることは初めから決まっていて、突発的に決めた話ではありませんでしたから。あのエンディングの背景は、アンデス山脈の色々な風景を描いているそうなんですよ。
—— 実際の風景を描いているということですか。
川瀬 ええ。水島監督が「ここは何とか湖で、ここは何とか山で」って言うから、「あれは何山なの?」って聞いたら、「コンテを描ききった瞬間に、ほとんど全部忘れた」と(笑)。「アンデス山脈は縦に長いから、全部の風景をあわせると、チャッキーは凄い距離を旅していることになるんですよ」って楽しそうに話されてましたね。

クリエイターにより面白いものを作ってもらうために

—— 終盤の話数では、作中の人物たちが「どうして自分はアニメの仕事をしているのか」と聞かれて、それぞれ答えていますよね。もし川瀬さんが同じことを聞かれたらどんな風に答えますか。
川瀬 そうですね……。凄くドライな言い方をすると、僕はクリエイターさんたちとは違って、やっぱりサラリーマンなんですよ。会社から「アニメを作ってビジネスをしてください」と言われて仕事をしている。「アニメを作っている」というより、「ビジネスをしている」という立ち位置なんです。ただ、ずっとアニメのプロデュースをさせていただいて思うのが、クリエイターさんたちが頑張って面白いものにしようと作ったものをフィルムにして視聴者に観ていただく。それを面白いと思ってもらって、最終的にBlu-rayやキャラクターグッズなど、気に入ったものに対して対価を支払っていただくっていうところに、凄く快感を覚えたのは事実ですよね。やっぱり作品を提供して、それを楽しんでくれる人がいるっていうのは気持ちがいいですし、同じ投資回収ビジネスでも、株券みたいな金融商品のようなものを扱うのとは違うなとも思います。
—— なるほど。
川瀬 こんなに喜んでもらえるんだったら、より面白いものを観てもらいたい。そうやって、クリエイターさんの思いや、「これは面白いと思うんですよ」ということをフィルムに乗せて、お客さんに伝えていく。ただ、そのままだとお客さんに伝わりづらいなと思ったときは、「こうした方が、よりお客さんに伝わりますよ」と助言する。視聴者の代表として、クリエイターさんにより面白いものを作ってもらうための橋渡しですね。そうやって作った結果、お客さんに喜んでもらって、作品を好きになってもらう。そして、その対価を得るというビジネスの面白さが止められないんですよね。イベントとかで、僕のことを存じ上げているお客さんが「あの作品、面白かったです」って直接言ってくれることがあるんですけど、それってやっぱり嬉しいんですよ。頑張って(製作)委員会を組成して、フィルムを作ってよかったなと思います。今お話したようなことが、僕にとっての「アニメの仕事をする理由」ですかね。この喜びを知ってしまったら、アニメの仕事は止められないなって思います。だから、会社に言われて始めたのはいいけれども、もし会社から「この仕事はいいから、他の部署にいってください」と言われたら、自分はどうするんだろうとか、『SHIROBAKO』をきっかけに色々考えるようになりましたね。
—— 川瀬さんは、ネットラジオを長くやられていますよね(「のら犬兄弟のギョーカイ時事放談!」http://www.norainu-jiji.com/)。あれも、同じ気持ちでやられているんでしょうか。
川瀬 あれはまたちょっと別で……まあ、同じですかね。ラジオではどちらかというと、「アニメ業界は面白いよ」ということと、「この業界は別に特殊なところじゃないですよ。働いている皆さんと同じで、お互い社会人ですよ」っていうことを伝えられたらなと思って続けています。ちょうどラジオを始めた頃って、アニメ業界に若い人があまり入ってこなかった時期なんですよ。若いクリエイターさんも、ゲームの方に惹かれる人が多かったりして。なので、業界の隅っこででも、できることがないかなと思って始めたという経緯があります。まあ、始めて3回目で炎上させてしまったんですけれど(笑)。もう8年くらいやってますが、それが続けている理由かなと思います。

あおいが最後に出す答えを見届けてほしい

—— 良い話のあとにこんなことを聞くのはなんですが、作中で「万策尽きた」ってフレーズが妙に流行っていますよね。
川瀬 社内の連中も、「万策尽きた」と「変な話」は、みんな言ってますね。誰も「どんどんドーナツ」って言わないなあっていう(笑)。
—— 作られているときは、「どんどんドーナツ」の方を決めゼリフ的に考えられていたと思うんですが、「万策尽きた」みたいな思わぬフレーズが流行るのも作品が転がっていく面白さだと思います。
川瀬 今のは社内だけの話で、一般的にどこまで流行っているか分からないですけど(笑)、まあみんながここまで使うことになるとは思わなかったですね。「万策尽きた」については、アフレコの時に、本田役の西地(修哉)さんの芝居が言い方も含めて面白いってなって、じゃあ(セリフを)もう少し増やしてみるかっていうことはありました。で、本田さんがいなくなってからは、他のキャラが言うと(笑)。

「万策尽きた」のセリフでお馴染みの本田デスクは、『えくそだすっ!』完成後、スタジオの近くのケーキ屋で働くことに

「万策尽きた」のセリフでお馴染みの本田デスク

—— ちなみに、川瀬さん自身が「万策尽きた」と思われたことってありますか。
川瀬 いやあ、結構いっぱいありますよ、やっぱり。ここでは話せないようなことばかりですけど(笑)。
—— お話しできる範囲で何かありませんか。軽く「万策尽きた」くらいに思われたこととか。
川瀬 軽くですか。うーん……。
—— すみません。矛盾した質問ですね。
川瀬 いえいえ。そうですね……。『灼眼のシャナll』の時、10月オンエアで3月までの2クールだったんですけど、最終回の脚本があがったのが1月の末だったんですよ。「放送まで2ヶ月弱しかない、さあどうする?」ってなったときに、「万策尽きた」とまでは思いませんでしたが、結構しびれるものがありましたねえ。
—— 聞いてるだけでドキドキしますね。
川瀬 コンテに1ヶ月かかるとして、作画以降の作業は3月の1ヶ月弱で作らないといけない、果たしてできるのか? みたいな感じでしたね。渡辺高志監督にコンテを巻きで描いてもらって、それでも3週間かかって、その後の作業はJ.C.STAFFさんの人海戦術でなんとかしました。演出処理は、池端隆史さん、『SHIROBAKO』11話の演出をやった高島大輔さん、今は監督として活躍している長井龍雪さんの3人に立ってもらって、何とか滑り込みで間に合わせたってことはありました。が、あの時の納品までなだれ込む感覚って、凄い今回の『SHIROBAKO』の12話と同じライド感、高揚感がありましたね、ギリギリまで納品待ってもらった局の人にペコペコ頭下げましたが(笑)。
—— お話しづらいことを有り難うございます。最後に現時点での本作の手ごたえと、読者へのメッセージをお願いします。
川瀬 ネットでもリアルでも、色々なところからお客さんに喜んでいただいているという声を聞いて、凄く嬉しく思っています。その声は、しっかり現場にも伝わっているんですよ。現場は今、物凄く大変な状況にはなってしまっているんですけど、皆さんが喜んでくれているっていう声のおかげで、クリエイターの皆さんが頑張れているんです。視聴者の声援がクリエイターに力を与えて、フィルムを良いものにしてくれるんだなっていうのは、今回特に肌感覚で感じています。あるスタッフさんは、「短期間で、この量を描くのは本当にしんどい。でも、みんなが喜んでくれてるから今さらクオリティを下げるわけにはいかない。なんとかやらなきゃ」みたいなところで、頑張られているそうです。その話を堀川さんから聞いたとき、やっぱり視聴者の皆さんのポジティブな言葉って力になるなぁ、と。結局作っているのは人間ですから、自分の成したことにポジティブな声をもらうと嬉しいですし、その嬉しいというポジティブな感覚がまた自然と作品をクオリティアップしていくんですね。もちろん他のスタッフの方々も、みんな同じ気持ちでノリノリでやって下さっていて、これはもうほんとに皆さんのポジティブな声のおかげです。
—— 制作状況をふくめて、作品と作り手がシンクロしている感じですね。
川瀬 そうですね。あと、視聴者の方へのメッセージとしては、この記事をどのタイミングで読まれるか分からないですけど、ここまで追っかけていただいたら、ぜひ最後まで観てほしいなと思います。今の時点で(編注:この取材は22話の放送直前に行った)、色々と言われている部分もありますけど……「あの子がまだ……」とか。
—— ああ、なるほど。
川瀬 その辺りも、ちゃんと我々は承知のうえで作劇していますから、安心して観ていただければなと。そして、半年間おいかけて観てくれたあおいが、最終的にどんな答えを出すのか見届けてほしいですね。そこに共感してもらえたら、また頭から観直して楽しんでもらえると嬉しく思います。
—— 今日は、長時間のお話有難うございました。最終回を楽しみにしています。

Official Website
http://shirobako-anime.com/

On Air Information
TOKYO MX、テレビ愛知、MBS、チューリップテレビ、BSフジ、AT-Xで放送中

Soft Information
『SHIROBAKO』Blu-ray第4巻<初回生産限定版>
発売日:3月25日
価格:7,800円+税
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新主題歌CD<初回限定版>
新OPテーマ「宝箱—TREASURE BOX—」奥井雅美/新EDテーマ「プラチナジェット」どーなつ◎くいんてっと を収録
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(C)「SHIROBAKO」製作委員会