僕の仕事は、監督が落ちないようにすること
『SHIROBAKO』プロデュース 川瀬浩平(第2回)

第1回から続いて、『SHIROBAKO』のメイキングを訊く第2回。本作ならではのシナリオの特徴や、タイトルの由来などについてお話を伺った。

Profile
川瀬浩平 Kohei Kawase
プロデューサー。ワーナー エンターテイメント ジャパン株式会社所属。『ナースウィッチ 小麦ちゃん マジカルて』『灼眼のシャナ』『ロウきゅーぶ!』『selector infected WIXOSS』など多くの作品のプロデュースを手がける。

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読んでも読んでも終わらないシナリオ

—— シナリオ作りの際、各業界にリサーチなどはされたんでしょうか。
川瀬 シナリオ会議でキャラクターを決めるときにも、「あれをやりたい」「これをやりたい」って皆さんあるわけですよ。まず、どんな業界の話をやるかという整理もふくめてキャラクターを決め、それにまつわる話も決まったところで、該当するセクションの人間に、堀川さんや相馬さんがヒアリングをしています。水島さんも、独自に役者さんなどに話をきいていましたし、横手さんもP.A.WORKSさんに取材をしました。
—— どんな風に取材されたんでしょうか。
川瀬 実際にスタジオに入って、分からないことは全部聞くというスタンスでした。とにかく各業界について、どんなシチュエーションがあったかを聞いて、面白いなと思ったらさらに取材をしたり、膨らませてみたり、そうやって脚本のネタを増やしていった感じです。
—— 話数によっては、業界への問題提起のような話があったのも印象的でした。
川瀬 5、6話の、手描き作画と3DCGの話がいちばん分かりやすいですよね。あの話は、アニメーターや3DCGスタッフに、今どんなことが起こっていて、どういう意見があるのかを聞いています。そのうえで、両者にどんな軋轢があって、どう解決していけばいいかというドラマを作っている感じですね。お話の中では別に状況が変わるわけではなく、現状として今はこうなっています、という時代を切り取ったかたちにして。これは、堀川さんがやりたいとおっしゃっていた部分でもあります。そうしたエピソードを、単なる問題提起ではなく、コミカルな描写も交えながら、ちょっとホロリともさせつつ、色々考えもさせるところに昇華させようと、みんなで脚本会議で話していました。
—— 『SHIROBAKO』は、登場人物がとても魅力的に描かれていますよね。どんどんキャラクターが立っていって愛着が湧いてきます。
川瀬 有難うございます。
—— 業界ものにすると、キャラクターがお話を動かす駒になってしまい埋没しがちな面もあると思います。そうならないようにシナリオ段階で試行錯誤があったのではないですか。
川瀬 脚本会議でいうと、今お話したように、堀川さんからは「こういうことを描いてみたい」というお話がでるんです。で、水島監督はどうかというと……これは脚本会議を数回やった段階で気づいたんですけど、付き合いが長いものだから、「あ、このおじさん、頭の中でもう全部できてるな」とわかったんです。
—— なるほど。
川瀬 「あ、もうこれ、何も言うことねえや」と思いました。同時に思ったのが、この作品での僕のミッションは、水島努が塀の上から落ちないようにすることだなと。それぐらい、水島監督の頭の中でイメージがしっかりできていたんです。横手さんから「こうかな」とでてきたものに対して、「ここはこうしないとキャラが動かないから、このセリフはこうしてください」って逐一チェックするわけですよ。水島監督がそういうモードになったら、もうあんまり言わないほうがいいんですよ。その場でどんなビジュアルにするか説明してくれるので、「確かにそれは面白い」という説得力もあるんです。あと、そこまでビジュアルができているんだったら、何を言っても変わらないだろうなっていうのも正直あって(笑)。
—— なるほど(笑)。
川瀬 そうは言っても、水島監督を含めた脚本会議のメンバー全員の中で、ビジュアルが浮かばないときもありました。そういう時にはみんなで「それってこういうこと?」「いやいや、そうじゃなくてこうですよ」みたいな感じに話しあって詰めていきましたね。ただ、「ここではこのキャラを立たせる」みたいな部分のある程度までは、水島監督の中で最初からできていたんだろうと僕は思っています。本人は自覚していなかったかもしれませんが、「できてるな、これ」っていうのは凄く感じましたから。で、水島監督の「このキャラがこうやると面白いじゃないですか」っていうイタズラ心に満ちた話に横手さんが乗っかって、「じゃあ、こうやるともっと面白いですね」「それはいいですね」っていう感じで、どんどんキャラを膨らませていって……。物語の中でどんな事件がおこるかは大体みえていたので、その中で、どうキャラクターを動かしていくかっていう肉付けは上手くできたんじゃないかと思っています。

「ムサニ」の看板アニメーター・小笠原綸子。通称「ゴスロリ様」。寡黙ながら、強烈な存在感をもっている

「ムサニ」の看板アニメーター・小笠原綸子。通称「ゴスロリ様」。寡黙ながら、強烈な存在感をもっている

—— 他に、脚本会議で印象的だったことはありますか。
川瀬 シナリオが長くて、読んでも読んでも終わらないことですね(笑)。作品のジャンルにもよりますが、これは水島監督の作品の特徴のひとつだと思います。通常の脚本よりも枚数が多くて、大体いつも、ペラ(編注:200字詰めの原稿用紙)100枚を越えていました。普通の30分アニメだったら、大体ペラ75から80枚くらいで、「尺をオーバーするから減らしてください」という話になるんですよ。それが『SHIROBAKO』だと110枚までいっても「足りないですね」ってなる(笑)。
—— 凄いですね(笑)。
川瀬 どれだけ長いのか、もう少し分かりやすく言いますと、A4の用紙に1話分のシナリオをプリントアウトすると、通常のアニメだと20枚から、いっても22、23枚くらいなんです。それが『SHIROBAKO』は平気で30枚を越えてくる。
—— 1.5倍近くの分量なんですね。
川瀬 もう読んでも読んでも、ちっとも終わらない。最初は水島監督に「これ、ほんとに(尺に)入るの?」って話をしました。ただ、これが面白いもので、他の人がやると入らないんですけど、水島監督がストップウォッチ片手にやっていくと入るんですよ。これは面白いなって思いました。水島監督の中での、フィルムのリズムというかテンポ感が、そうなっているんですよね。
—— なるほど。
川瀬 たっぷり時間をとって情感をみせるような描写を否定はしませんし、それはそれでやるべきことだと思います。ただ、今の視聴者の中にあるリズムやスピード感に、ちゃんとフィルムをあわせないと、正当に評価してもらえないんじゃないか。だったら、そのスピードでやるべきではないかということを、たぶん肌感覚として水島監督はわかっているんじゃないかと思うんですよ。本人はそうは言いませんけどね。で、セリフの量が多いというのは、イコール情報量が多いということでもあるので、よりキャラクターが肉付けされるんです。もちろん、動きでみせる部分もありますが、やっぱりキャラクターが喋って、そのセリフに説得力がでてくる部分も大きいですので。脚本段階で、そこの肉付けをきちんとやったから、よりお客さんに伝わるものになったのかなと今回は思いました。

制作会社が考える最終形態は「白箱」

—— 『SHIROBAKO』というユニークなタイトルは、いつ頃つけられたんでしょうか。
川瀬 企画書段階からありました。
—— あ、そうなんですね。ローマ字で『SHIROBAKO』とですか。
川瀬 そうですね……いや、どうだったかなあ。ひょっとしたら漢字で『白箱』だったかな。最初からローマ字だった記憶がありますね。やっぱり、いちばん分かりやすいと思うんですよ。アニメ制作会社にとって、最終完成品は何かというと、やっぱり白箱ですよね。ただ、制作している途中で水島さんが、「『SHIROBAKO』ってタイトル、どうなんですかね。ちょっと地味じゃないですか」とか言い出して、「お前、今頃言うのかよ」って(笑)。
—— (笑)。
川瀬 タイトルについては、他の方からも色々とそういった提起はあって、一瞬、変わりそうなタイミングがあったんです。でも、僕の方から「たぶんこのタイトルって凄く象徴的だと思いますし、シンプルなほうが伝わりやすいものもあるんじゃないですか」って話をさせてもらって、最終的に今のままいくことになりました。
—— それこそ「白」じゃないですけど、色がついていない言葉というところで、凄くよかったんじゃないかと思います。
川瀬 そう言っていただけると有難いです。その時は、「じゃあ、他にどんなタイトルをつけるのよ?」という話にもなったんですが、結局他に思いつかなくて。『あおいちゃんアニメ道中記』というわけにもいかないですからね。まあ、いちばん気にしていたのが、阿佐ヶ谷にできた「SHIROBACO」さんとごっちゃになるのは良くないねって話をしていて。
—— まさに、そのことは発表のときから気になっていました。阿佐ヶ谷アニメストリートにできたカフェ「SHIROBACO」(http://shirobaco.com/)とは、「KO」と「CO」の表記の違いがありますが、物凄い偶然の一致ですよね。どちらもアニメ制作会社をモチーフにしていて、かたやお店、かたやアニメを作ろうとなったときに、「白箱」というキーワードが使われたというのは。
川瀬 おそらく今言われたようなことなんでしょうね。制作会社が考える最終形態といったら、商品でもなく、マスターでもなく、白箱だと。「SHIROBACO」さんがどういう経緯でネーミングされたのかは分からないですけど、この作品はその前から進めていた企画でした。ニュースを聞いたときは驚きましたけどね。「『SHIROBACO』というカフェができました!」「マジか!?」みたいなことになって(笑)。
—— (笑)。
川瀬 そうそう、思い出しました。確かその時に、タイトルを変えようかどうかって話がでたんだと思います。

作品が完成した際、制作スタッフが最初に手にする成果物である「白箱」

作品が完成した際、制作スタッフが最初に手にする成果物である「白箱」

ギャグは、スレスレだから面白い

—— さきほど「水島監督が塀の上から落ちないように」と話されていましたが、具体的にはどんなことをされていたんでしょうか。
川瀬 なんというか……僕が思うに水島監督は、危険なところに平気で入っていく人なんですよ。地雷原をスキップしながら歩くというか、スレスレのところをそのヒリヒリ感もふくめて楽しむ人なので。「堀の上から落ちないように」っていうのは、そういうことです。堀の外に落ちたらアウトだよっていう。
—— 川瀬さんがご一緒されたギャグ作品の場合、危険なところに突っ込むのは、ある意味宿命だと思いますが、『SHIROBAKO』のような作品でも、そういうところにいく可能性があると思われた?
川瀬 いやあ、思いましたね。ネタがネタですから、これはもうやりたい放題になる可能性があるなと。最初は堀川さんがいるから大丈夫だと思ってたんですけど、堀川さんが水島努のイタズラに気がつかない瞬間がありまして……。途中で知って「ええー! そこアカンから!」みたいな(笑)。
—— (笑)。
川瀬 あの人も、手を変え品を変え、コソコソとイタズラをいれるので……ほんとにねえ、まあ昔からそうなんですけれど。水島さんの中で、ジャンルがギャグだからとかシリアスだからというのは、たぶん関係ないんですよ。もし、これが原作ものだったら、こんなことはしてこないと思います。『おおきく振りかぶって』を観てもらえばわかるとおり、水島さんは原作作品を手がけるときは、原作を最大限リスペクトする強い意志をもってらっしゃるので。一緒にやった『撲殺天使ドクロちゃん』の場合も、ギャグだからというより、原作者のおかゆ(まさき)さんが、ある種フリーハンドで水島さんに預けてくださったから、色々なことができたんです。『大魔法峠』の時も、大和田(秀樹)さんが「どうぞ」と言ってくださいましたし、『ケメコデラックス!』でも、いわさき(まさかず)さんが、「水島さんなら、もう好きにやってください」と任せてくださって。それで、ああいうことができているんです。で、今回の『SHIROBAKO』の場合は、「オリジナルなら、俺フリーハンドじゃん!」みたいな状態だから、いちばん危険で(笑)。
—— (笑)。
川瀬 一番わかりやすいのは、武蔵野アニメーションの会議室に貼ってあるポスターで、最初はことごとく危なかったんです。
—— さっき言われた、堀川さんが気づかれなかった瞬間というのは、そのことですね。
川瀬 これは堀川さんだけでなく、P.A.WORKS全体に言えることなんですけど、皆さんほんとに真面目なんだなあって思いました。というのも、そこで監督の指示どおりに色を「まんま」にしたものを上げてこられるんです。「いやいや、ちょっと待とうよ」みたいな話になって(笑)。
—— (笑)。
川瀬 そんなこともあって、最終的に僕がその辺りをチェックするという、よく分からないことになりました。P.A.WORKSの方から「これ大丈夫ですかね?」と聞かれて見ていたら、横で当の監督がニヤニヤしながら「ここって危ないですよね」とか言って、「いや、そういう問題じゃないし、あんた、そんなこと言ってる場合じゃねえだろ」みたいなやりとりがあったりして(笑)。まあそんな感じで、チェッカーマンじゃないですけど、水島さんには好きなようにイタズラをしてもらって、それはお客さんからみればアウトですっていうのと、あと大人からみればアウトですっていうのを僕や永谷さんがジャッジして、(堀の上から)落ちないようにしていたように思います。
—— ギリギリここまでは大丈夫と、グレイゾーンで留めるということですか。
川瀬 やっぱりスレスレが面白いんであって、落ちてしまったらお客さんは逆に引いちゃいますからね。それでは、ギャグにならないんですよ。「うわあ……こんなんやってるわ」みたいになってしまったら、単に寒いだけですから。そこら辺は水島さんも分かっているはずなんですけど、たまに分からないままやってくることがあって……。まあ、どちらかというと、偉い大人に引かれるイタズラが多いんですけどね、往々にして(笑)。そこに対して、「怒られないようにしようね」っていうのが僕の仕事のひとつです。

<第3回を読む>

Official Website
http://shirobako-anime.com/

On Air Information
TOKYO MX、テレビ愛知、MBS、チューリップテレビ、BSフジ、AT-Xで放送中

Soft Information
『SHIROBAKO』Blu-ray第4巻<初回生産限定版>
発売日:3月25日
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(C)「SHIROBAKO」製作委員会