第1回に引き続き『フォトカノ』Blu-ray BOX発売を記念しての、横山彰利監督インタビュー第2回。引き続き本作の魅力についてお話を伺った。
Profile
横山彰利 Akitoshi Yokoyama
監督、演出家。『カウボーイビバップ』『機動戦士ガンダム 第08小隊』など、様々な作品でアニメーターとして携わり、近年は演出家として活躍。演出家としての参加作品に、『四畳半神話大系』『THE IDOLM@STER』『進撃の巨人』『ニセコイ』などがある。
『フォトカノ』はレンズ効果を最大限に活かした作品
—— 『フォトカノ』では、特にレンズの使い方やレイアウトに関して、ハイレベルという印象を持ちました。カメラが題材ということで、そのあたりを意識されたのでしょうか。
横山 カメラというと、やはりレンズの歪みが特徴的なので、レンズの効果を多用していきたいというのは意図としてありました。それがドラマにシンクロしていけばと思っていましたね。手前がより大きくなる時には圧迫感が出たりするじゃないですか。そういう効果を使って、ドラマも補完できればと思ったんです。
—— 例えば、横山監督がレンズ効果を使って、心情を表現したカットは具体的にどんなところなのですか。
横山 基本的にはどのカットもそうだと言えます。そもそも見映え優先でレンズを変えたことはないんです。例えば、相手から70cmくらいまで近づいた時に、急激に大きくなるというのが心情とシンクロすると、レンズ効果で70cm以上相手に近づいたり見せることもできるわけじゃないですか。そういう理屈で、本当は心の中では飛びつきたい、という時に使ったりするんです。広角の時は面積の変化であったり、歪みだったり、センターに行くと大きくなったり、手前が大きかったり、そういうことを実際の位置以上に見せたい会話の場合に、使っているんです。
—— 『フォトカノ』は恋愛ものですから、心の距離と実際の距離についての表現は、大きな要素になり得ますね。
横山 そうですね。……ただ広角は描くのが本当に難しくて、少し無謀でした(笑)。半分くらいでよかったです。
—— 原画マンにとっては、非常に難しい絵作りだったのではないかと思います。
横山 スケジュールがふんだんにある作品、ということでもなかったので難しい選択をしてしまったと思います。
—— 特に湯浅(政明)さんが絵コンテで入られている第7話では広角パースが印象的でした。美少女ものに湯浅さんというのも珍しい取り合わせな気がしますが……。
横山 湯浅さんのコンテは如実に体感の70cmの距離にしてくれる、急激に圧縮する擬似広角が多いと感じます。でも、フォト部のリーダーである紅林かつみが、フェンスに手を伸ばしてぎゅーっと伸びるような表現……あれが再現できないんですよね。
—— ああ、あそこは凄く面白かったです。
横山 あそこは、コンテの絵が凄くいいんですよね。でも、そのコンテのパースが再現できないんですよ。ただ、もっと根本的なことを言うと、そもそも『フォトカノ』のキャラでやるのが難しすぎるいう問題もあるのですが……。
—— あの話数は実原のキャラクターデザインがちょっと人形っぽく変わって、独りぼっちだった感が出ている部分が印象的でした。
横山 あそこは、キャラを完全に作ってくれたのは原画さんだったのですが、結構頑張ってくれたんです。色替えも凄く多かったので、労力的には大変だったと思います。前田と実原がふたりで遊園地行くところは、『じゃりン子チエ』を彷彿とさせるものがあって、「ああ、いいなあ」と思いました。
—— 劇場版の『じゃりン子チエ』ですね。
横山 ええ。でもあれは湯浅さんのほうで、かなり取材にも行っていただいたんですよ。遊園地も路地も本来こちらで参考をお渡しするところを、自主的に取材に行ってくださって、もの凄く時間を掛けてやってくださったんです。その取材の効果は滅茶苦茶出ていると思います。
—— ヒューマンドラマとして、とてもよくできた回だったと思います。BD&DVDで追加された実原のキスシーンも艶かしくて見事でした(編注:BD&DVD版では、各ヒロインのキスシーンがそれぞれ入れ込まれている)。
横山 ドラマも湯浅さんが回想シーンで、どうして実原がいじめられるようになったかといった部分を、オリジナルで作ってくださっていたんです。それもそのまま見たかったのですが、尺の問題と、当初から自分はゲームのシナリオを一切弄らないで、どれだけそれを寄せ集めてフィルムにできるかということをやっていたので、泣く泣く元に戻しました。そういった点からすれば、湯浅フィルムとしては、もっと完成されたものは提供できたのかもしれません。ただ、この作品はあくまで『フォトカノ』ですので、完全にそちらに振り切るのも違うのではと思ったんですね。もったいないという気もしたのですが……。
—— 豪華な作りになっていますよね(笑)。すみません。少し脱線してしまいましたが、レンズのお話に戻ります。レンズフレアも非常に効果的に使われていたと思います。1話の「克己」という書が出てきた時の光は、12話でも同じシチュエーションで使われていて、繋がるような演出になっていましたね。
横山 そうですね。これは明確に分からせたいというものでもないのですが、フレアの光がいくつもあるというのは、幾重にも広がるという意味なんです。「幾重にも重なった真実の中、たったひとつの〜」ということの象徴なんですよ。
—— ああ。そうなんですね。
横山 先ほどお話したように、「ヒロイン全員が真実だ」というのが、本当に衝撃でして、これもそれについての答えなんですよ。一度その「全部が真実」という言葉の意味を考えたんです。人間がいるから真実という言葉を使っているだけで、時間も概念ですし、同じように真実というものはただ幾重にも折り重なるだけのものなのではないか。人の数だけ真実が存在する。そう考えると、光も同じなのではないかと。光は人間が見るとひとつにしか見えない。でもレンズを通せばフレアというかたちで光が折り重なっているように見える。レンズを通せば真実は幾重にもあることが分かる……。見方を変えてみれば、真実はひとつではないのだ……そんな想いをレンズフレアに込めたんです。
—— なるほど。
横山 1話と12話のあのカットのレンズフレアが赤になっているのにも、一応理由らしいものはあるんです。『2001年(宇宙の旅)』におけるHALという人工知能が赤いレンズなんですね。人工知能の暴走を描いているわけですが、赤い一つ目が人間を見つめ、審判するということを踏まえた映像だと解釈しています。ですから『フォトカノ』においても、そういうサイクロプス的な赤い瞳のレンズをOPラストでも使いました。レンズを通して人間の有り様を見ているということなんです。
—— 今回、Blu-ray BOXが発売しますので、この機会にあらためて、そのあたりも見ていただけるといいかもしれませんね。
横山 ああ、いや。とはいえ、もちろんそこがメインではないわけですから。それはゲームの良さをフィルムに焼き付ける時に、通常のやり方だと溢れがちな要素を補完できるかなというところで入れ込んでいる部分なので、あまり気にされなくていいと思います(笑)。
こだわり抜いた「シャッターチャンス」
—— ここからは作画面含めた絵的な表現にも言及できればと思います。キャラクターデザインは、もちろんゲーム版のものが元になっていますが、嶋田(真恵)さんがアニメーション用にリデザインされていますよね。
横山 嶋田さんのデザインは量感が凄いんですよね。先ほどお話したように、本質的にはリアルな『フォトカノ』をやりたいというのが、自分の中にあったので、嶋田さんの肉感的でリアルな絵はとてもいいなと思えました。キャラクターも似せるために頑張ってくださっていたと思います。
—— 嶋田さんは総作画監督も担当されていましたが、いかがでしょうか。
横山 嶋田さんはおそらくこの業界でもトップクラスに手が早い……いや、正確には判断速度が早いんです。だからこの『フォトカノ』は彼女がいなくては、あそこまでのクオリティにならなかった。化物みたいに早いんです(笑)。彼女は普通の上手い作監の5倍ぐらいはやっています。
—— ええっ……それは凄い。
横山 そうなんですよ。スケジュール、人材、人数、そういったものを総合的に考慮していっても、あそこまで格好をつけられたのは嶋田さんの力が大きいです。本当にありがたかったですね。でも、それだけに無理もさせてしまいました。『フォトカノ』は最終回までテンションがずっと落ちないので、同点のままの高校野球みたいな現場になっていったんです。それでずっと登板させ続けて肩を壊してしまうという……。文字通り腕全部サロンパスでした。あの半年でどれくらい痛めさせてしまったのか……。ずっと連投させてしまいましたからね。
—— 『フォトカノ』について、作画面に対する負担が相当ヘビーなのではと感じたのは、シャッターチャンスのシーンでした。あれは放送当時も話題になりましたが、ハイスピード風の作画になっていましたよね。
横山 あれは、被写体よりも撮っている前田の心情を表現しているんです。集中している時は、何も見えなくなったり、時間の概念が飛んでしまうような感覚になることがあるじゃないですか。野球をやっている人もよく「ボールが止まって見えた」と言いますよね。そういうグッと集中している感じを出せないかと思ったんです。シャッターチャンスを狙う瞬間に、時間がゆっくり流れて、その中の一枚を切り取るということを表現したかったんですね。それも、ゲームをやっているユーザーが写真を撮る感じを、深く表現できないかと考えてやってみたことです。
—— しかし、あの表現は、相当労力が掛かるのではないですか?
横山 あれも無謀でした。誰もやらないでしょう……。簡単なガイドはあるのですが全て作画でやっています。
田口(マッドハウスプロデューサー) CGで動かしていると思われた方もかなりいらっしゃったようでしたので……。
—— ああ、確かにあれだけ滑らかに動いていると、立体物としてのキャラクターCGをカメラで追っているだけのようにも見えますね。
横山 むしろ2コマでやったほうが、「ぬるぬる動いている」という感想があったりしました(笑)。あれは、最初の1カットがあまりにも上手く行きすぎたんです。「ああ、これ行けるんだ」と思ったのが誤算でした。
—— その最初のカットというのは、1話の舞衣ちゃんの新体操のところですか。
横山 そうです。あれは奇跡のカットですね。それが1カット目でできてしまった。とにかく動画が凄く大変なんですよ。1mmの間に10本くらい線を引かないといけないんです。何をやらせるんだという話で、本当に申し訳なかったです。あそこのカットは東(亮太)さんが原画でしたが、彼が上手すぎましたね。それで「行ける」と思ったのですが、なかなかそう上手くもいかず(苦笑)。
—— とはいえ、『フォトカノ』の中でもキャッチーなカットになっているかと思います。東さんは最後までスタッフとして原画で参加されていますね。
横山 ええ。古川(良太)さんと東さん、このふたりはマッドハウスで主要なパートを随分担当していただいたんです。
—— 古川さんは7話アクション作画監督もやられていましたよね。『フォトカノ』にアクション作画監督という役職があること自体驚きでしたが……。
横山 そうですね。もう、ちょっとでも大変そうなカットは全部彼に押し付けて直してもらっていました。本当に頑張っていただいたと思います。
Official Website
アニメ『フォトカノ』公式
http://www.tbs.co.jp/anime/photokano/
Soft Information
『フォトカノ』Blu-ray BOX
発売中
価格:18,000円+税
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