第1回、第2回、第3回と続いた、本記事も最終回。アニメの現場で日々感じられていることを伺いつつ、最後に、この春からアニメ業界に入った人たちへのメッセージをいただいた。
Profile
舛本和也 Kazuya Masumoto
株式会社トリガー取締役、プロデューサー。主な参加作品に『天元突破グレンラガン』『パンティ&ストッキングwithガーターベルト』(上記2作はガイナックス在籍時)『キルラキル』『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』などがある。
理性と狂気を両立させるのがプロデューサー
—— 舛本さんには、『SHIROBAKO』の話をぜひ伺ってみたいと思っていました。この本を読んで、『SHIROBAKO』を観てもらえば、アニメのメイキングに興味をもつ人がもっと増えるんじゃないかと思いまして。
舛本 たしかに、そうですね(笑)。
—— 差し支えなければ、『SHIROBAKO』の感想を聞かせていただけないでしょうか。
舛本 残念なことに、まだ僕は1話しか観ることができていないんですよ(編注:取材後、全話観られたとのこと)。
—— あ、そうなんですか。
舛本 忙しくて時間がとれないというのと、観るとちょっとヘコむかなあと思って、観なければと思いつつも……という感じです。普通の人よりも、うがった見方をしてしまうだろうし、きっと昔のトラウマをえぐられるような何かがありそうだと敬遠しているところもあって(笑)。評判もいいし、観なきゃいけないんですけどね。P.A.WORKSの堀川(憲司)さんが関わられている作品でもありますので。
—— 1話の感想だけでもいただけると。
舛本 凄く真面目なアニメーションだなって思いました。真面目というのは、内容がどうこうっていうことではなくて、あくまでフィルムの印象がってことですね。堀川さんが関わられた作品って、堀川さんの地がでているような気がするんですよ。そんな堀川さんが、アニメーションの制作現場を題材にどう料理するんだろうって、プロデューサー目線で観させてもらいました。キャラクターたちのサクセスストーリーなんだということは、1話でちゃんと語られていましたし、作品のイメージカラーも凄く綺麗でしたね。
—— 主人公である宮森あおい役の木村珠莉さんに、制作進行の仕事内容を知ってもらうため、堀川さんが舛本さんの本を渡されたそうですね。
舛本 あ、それは堀川さんから直接お聞きしました。それに関連していうと、『SHIROBAKO』のオンエア前に堀川さんに会いにいったことがあるんですよ。
—— そうなんですか。
舛本 まだ『SHIROBAKO』というタイトルが発表される前ですけどね。『キルラキル』の制作が終わったあとに、大塚と2人で訪ねていったんです。自分たちで会社を作って、ひとつの作品を経験したところで、先輩にお話をうかがいたいと思いまして。実は、堀川さんには会社をたてるまえにも相談させていただいたことがあるんです。で、2人で堀川さんのところに行ったときに、タイトルは言われなかったんですけど、アニメ制作の現場を舞台にしたアニメを作るんだと言われて、すでに僕の本を買ってくださっていたんです。「この本、現場の進行にみせるよ」って言われて、「すみません。止めてください」って言ったりして(笑)。
—— (笑)。堀川さんが関わられた作品の、どんなところがお好きなんでしょうか。
舛本 堀川さんの作られている作品って、作品の中に非常に大きな振り幅があると思うんですよ。『人狼』のような作り手も制作もクレイジーでないと作れないであろう作品でさえも、きちんと理性でまとめこんでいるようにみえる。僕らプロデューサーって、物事をきっちりしなければいけない理性の部分と、狂気のようなものを欲するクレイジーな部分の両方がなくてはいけない思うんですが、これって相反するものですよね。堀川さんは、その2つの要素を物凄いバランスで両立されている方だと思うんです。僕らにとっては制作の大先輩ですし、堀川さんに憧れる部分があっても、目指してもなれないというのがわかっている人、みたいな感じですね。
—— 編集の今井さんから、『SHIROBAKO』をきっかけに、この本を読む人が増えていると聞きました。作品とコラボしたポップも制作中だそうですね。
舛本 ほんとに有り難いことです。堀川さん、有り難うございます!(笑)
今のアニメ業界に最も足りないのは「演出家」
—— なかなかない機会だと思いますので、メルヘン社時代のお仕事についても伺わせてください。『雪の女王』の制作進行をやられていますよね。
舛本 やりました。出崎(統)さんの作品は好きだったので、『雪の女王』で初めてお会いして、V編会場の待ち時間などにお話もさせていただきました。作品でいうと、劇場版の『とっとこハム太郎』の絵コンテを出崎さんが担当されていて、お会いはしてないですが、その作品のパート制作進行をさせていただいこともありました。
—— 『雪の女王』は、どの話数を担当されたんでしょう?
舛本 何話だったかなあ……。カイとゲルダが雪の女王にさらわれる2話あたりをやった記憶があるんですよ。その次は、8話あたりをやっていたはずです。僕が関わっているのは最初の方だけで、途中でガイナックスに移ってしまいましたので。
—— メルヘン社は、グループタックの方が作られたスタジオですよね。
舛本 そうです。もともと鬼丸(一平)社長という、グループタックで『まんが日本昔話』をずっと作られていたプロデューサーの方が独立して作ったのがメルヘン社です。去年、解散しましたが。
—— グロス請け専門の会社だったのですか。
舛本 いえ。元請けの仕事を全然やってましたよ。最初は50人から60人のクリエイターを抱えている会社だったんです。だけど、僕が入った頃にはグロス請けがメインになっていて、教育ものの短編などは元請けで作っていましたが、テレビシリーズをまわすようなことはありませんでした。当時、お付き合いさせていただいたのは、東映アニメーションさん、日アニ(日本アニメーション)さん、マッドハウスさん、東京ムービーさんなどで、各社さんの作品を1話単位で任せていただいてました。その時に、色んな監督さんや、演出さんに会うことができたのは大きかったですね。
—— 今の舛本さんは、グロス会社にお願いする側の立場にありますよね。請ける側の気持ちがわかっているのは、強みになるんじゃないですか。
舛本 どうですかね。ただ、僕がメルヘン社にいた頃のグロス請けって、ある程度、グロス会社に裁量がまかされていたんですよ。それこそ今から15年前の話ですけれど。今は総作監制をしくのが普通になりましたし、昔よりもグロス請け会社の裁量や、グロスの演出さんの作家性のようなものが問われるようなことはなくなってきていると思います。そういう意味でも、今は人を育てにくくなっている。昔は、グロス会社を育てるのって、元請けの会社の仕事だったんですよ。
—— なるほど。
舛本 今は、なかなかそういうことができなくなっていますね。グロス請け会社さん自体も体力がなくなってきていて、人を育てることができなくなってきている。自分がやっていた頃のように、グロス請け会社が完全に独立してやっている感じではなくなっていると思います。
—— 作り方もかわって、昔ほどグロス会社にお任せって感じでは……。
舛本 なくなってますね。クライアントさんだったり、原作ものだったら原作者さんからのチェックも入りますので。そういった意味では、昔よりもアニメの作り方は辛くなってきている感じはあると思います。
—— 観る側としては、昔では考えられないぐらい絵が整ったテレビシリーズを観られる状況になっていると思います。一方、総作監制がスタンダードになったおかげで、制作会社的には窮屈になった一面もあると。
舛本 そうした面はあると思います。それこそ1995年の『(新世紀)エヴァンゲリオン』前までは、アニメ自体が宣伝のひとつでしかなかったから、スタジオの自由裁量も大きかった。キャラ崩れみたいな部分や、スケジュールの限界みたいなものも、今より許容されていたし、そもそもそこまで求められていなかったと思います。それが『エヴァンゲリオン』以降、アニメーション自体を売るという商法にかわった時点で、アニメのクオリティをあげないと売れなくなった。そういう厳しい現実が2000年代後半くらいから顕著に出始めたように思います。もちろん、お客さんが買ってくれないと商売としてなりたたないというのは当たり前で、今のお客さんが求めているレベルが高くなっているのは事実です。ただ、それによって何がおきているかというと、アニメが商品化しすぎているなあっていう気もするんですね。「作品」ではなく、「商品」になっている。お客さんが求めている「これが欲しい」っていう味にあわせて料理を提供しているというか。言い方がすごく悪くなってしまいますが、今のアニメの作り方は、チェーン店の料理を提供しているようにも思えてしまうんです。
—— 言われていること、凄くよく分かります。ファミレス的というか。
舛本 そうです、そうです。ファミリーレストランのような運営の仕方でありつつ、扱っているのは高級食材でっていう。個人店ならではの良さというか、とがった演出家さんならではの面白さというのもあるのに、今はそれがけっこう否定される時代になったなとは思います。
—— ファミレスと個人店の例えは、物凄く腑におちました。たしかに個人店のよさみたいなものは最近少なくなってきたように思います。
舛本 あくまで商業作品ですから、それは仕方のないことなんですけどね。あと、昔と比べて、アニメ作りに携わっているスタッフの絶対数はそんなに変わってないのに、作品数が増えすぎているっていうのもあります。しかも、作品数が増えているから、個人商店的なインディペンデント作品が増えているかというと、そうではなく、ただただ商品が増えているっていう。ファミレスのチェーン展開が、ぶわっと全国に広がっているような印象がありますね。
—— オンエア中の『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』もそうですが、トリガーの作品は、今言われたような状況のなかで、個人店のよさみたいな部分をだしていこうという気概が感じられます。
舛本 それに関連して、今いちばん僕の中で思っていることがあるんです。これは大塚もそうだし、今石もそうだし、うちの制作チーム全体が思っていることなんですけど。「アニメ業界で誰がたりないか?」って話をしたときに、今だと作画マンが足りないって話がいちばん始めにでると思いますが、実は全然そうではなくて……いや、もちろん足りないんですけど(笑)。根本的に足りないのは、演出家なんです。
—— どうしてなんでしょうか。
舛本 いや、作品はきちんとまわっているし、演出は足りているんじゃないのって言われるかもしれませんが、作品をまわすだけではない「演出ができる演出」が本当に少ないんです。作家性のある演出が。さっきお話した、アニメ作りがチェーン店化しているのではと思う理由はもうひとつあって、シェフがいらないんですよね。
—— ああ、セントラルキッチンのようになっていると。
舛本 そうなんですよ。まさに高級食材を使ったセントラルキッチンシステムのような状態で、シェフが作る必要はなくて、誰が作ってもいい状態になっている。そうした環境の中では、本当の意味での監督は生まれないと思います。佐藤順一監督や、幾原邦彦監督や、細田守監督のような方が、東映アニメーションの各話演出時代にみせたような、ずば抜けた作家性を披露するチャンスが今はほとんどない。それが、いちばん危惧していることなんです。
で、そもそもガイナックスという会社がどうだったかというと、作画が凄い会社ではあるんですが、それ以上に類いまれなる演出力をもった凄い会社だったんです。僕自身、そのことに入ってから気がついたんですけどね。表面的には作画が凄いと思われているけれど、実はそうではなくて、作画を生かす演出さんが、そもそも凄すぎるんですよね。皆さん、やっぱり監督なんですよ。自分の作家性をもちつつ、お客さんに対して「こうすれば面白い」「新しいとはこういうことだ」と示すことができる、演出をきわめた人たちがいて、その中に作画が凄い人たちがいる。
トリガーも、それを目指しているんですよ。社長の大塚も演出家ですし、自分たちで優れた演出家を育てていきたい。そういう意味でいうと、『キルラキル』や『インフェルノコップ』、『リトルウィッチアカデミア』のどこに注目して観てほしいかというと、アニメの表現を上手くいかすための演出なんです。そこに気づいてほしいし、期待してほしい。そこがいちばん大きいです。
—— 演出の貢献は、影にかくれてなかなか見えづらいのかもしれませんね。
舛本 今、『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』を作っていて、やっぱり作画より演出の力の方が強いんだって、あらためて思いました。もちろん作画も重要で、やっぱり良い作画というのはお客さんにたいするサービスなんです。でも、それをきちんと料理としてみせるのはシェフで、それはやっぱり演出なんだと思います。
—— 作画だけ凄くても、演出がないと面白くないと。
舛本 面白くないです。今そういう状況になりつつあるのをお客さんが気づいているのかどうか分かりませんが、何となく面白くないと気づいてはいるんじゃないかとも思います。これだけ売れてないっていうのは、その現れなのかもしれませんし。だから、作画マンが足りないことより、演出がいない方が怖いなと思ってます。
3年頑張れば、求められる人間になれる
—— 本のことから始まって、色々なお話を有り難うございました。最後に、この春に新しくアニメ業界に入ってきた人や、これからアニメ業界を目指そうという人へアドバイスをいただけますか。
舛本 この本にも書かせていただいたんですけれど、「アニメが好き」という武器をもって、この業界に入ってくる方が多いと思うんです。それ自体は素晴らしいことなんですが、その武器がどこでも通用するかというとそうではない。やっぱり使いどころがあって、それは今、制作進行だけではなく色々あるんですよ。メーカー、グッズを作る会社、出版社……今はアニメとのコラボも多くなりましたから、色んな会社が選択できるはずです。映像にかぎっていっても、映画会社だったり、3DCG、ゲームと、アニメに関連するジャンルが色々ある。アニメ制作はひとつの種でしかなくて、そこから花開いていくところは沢山あるし、また種を育てようとする人たちが沢山いるんですよ。
—— 本の第一章で書かれていたことですね。
舛本 ですから、アニメ業界を目指したときに、自分には何もスキルがないから制作進行になりたいというのは、そもそも間違いなんです。アニメに関するいろいろな職種があるということを理解してほしいと思います。その前提があって、ここからは制作進行として働きたいという人にむけますが、現場はやっぱり辛いですし、求められる人間のスキルというのは高い、ということは言っておきたいです。なので、もしこの本を読んで「ちょっと辛いな」と思うようでしたら、制作進行はあきらめるという選択肢もありますし、アニメに関する他の職種がまだまだありますから、そちらにも興味をもってほしいなと思います。「アニメが好き」という武器を生かす戦場はひとつじゃないですから、これから活動する人には色んな業界を自分で研究してほしいです。今はインターネットがありますし、それこそ本気で行きたいと思うんだったら、その人に会いにいけばいい。そうやって行動すること自体が実は重要で、そうした視野をもってほしい。この本も、そうした視野をもつための地図のひとつとして読んでもらえると嬉しいです。
—— すでに制作進行として働き始めて、数カ月たったであろう新人の人にはどんな言葉をかけられますか。
舛本 ……難しいですね。やっぱり現場は、どんなことを言ってもキツいのは間違いないので。自分のなかにある才能が花開くまえに、辛くて辞めてしまう子がいるのも事実だと思います。少なくとも僕らはサービス業という第三次産業にいるので、一般職の人と一緒の価値観でやっていけるようなところでは、なかなかない。そういった意味でいうと、厳しい言い方かもしれませんが「3年頑張れ」としか言えないですね。で、3年頑張れなければ、辞めたほうがいい。
—— 現時点で3年やれそうもなければ、辞めた方がいいということですか。
舛本 うん、辞めたほうがいい。逆の言い方をしますと、3年頑張れば、その後は何とかなると思います。
—— なるほど。
舛本 自分の才能やスキル、やりたいことを本気で考えているんだったら、3年我慢すればいいと思うんです。この業界に3年いたら、けっこうな視野がひろがりますよ。きっと、いるだけで求められる人間になります。
Official Website
トリガー
http://www.st-trigger.co.jp/
星海社
http://www.seikaisha.co.jp/
『SHIROBAKO』公式
http://shirobako-anime.com/
Book Information
アニメを仕事に!トリガー流アニメ制作進行読本
舛本和也 著
星海社
価格:820円+税
「ジセダイ」内の内容紹介
Amazon
(C)「SHIROBAKO」製作委員会