アニメーション制作の要である「制作進行」の仕事にスポットをあてた、画期的な書籍『アニメを仕事に!トリガー流アニメ制作進行読本』(星海社新書)。その著者で、トリガーのプロデューサーである舛本和也さんに、本書刊行の経緯や、これまでのお仕事について伺った。
Profile
舛本和也 Kazuya Masumoto
株式会社トリガー取締役、プロデューサー。主な参加作品に『天元突破グレンラガン』『パンティ&ストッキングwithガーターベルト』(上記2作はガイナックス在籍時)『キルラキル』『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』などがある。
『アニメを仕事に!』刊行から1年。3つの嬉しい反響
—— 『アニメを仕事に!トリガー流アニメ制作進行読本』が発売されて約1年が経ちます。これまでの反響には、どんなものがありましたか。
舛本 この1年での印象だと、大きなところで3つありました。ひとつは、トリガーの作品や、それに関わるクリエイターに関心をもっていただいているファンの方々に本を手にとっていただけたことです。イベントに出たり、最近は有り難いことに講演会のようなことをさせていただくことがあるのですが、そこで「本を読みました」という声を間近で聞かせていただけたりもして。これには非常にビックリしましたし、嬉しくもありました。そういった意味で、この本を出せてよかったなというのがまず大きいです。
—— 他の2つは、どんな反響だったのでしょうか。
舛本 制作進行という仕事に対するマニュアルのようなものがないというところで、やっぱりこういう本が求められていたんだな、という実感もありました。僕自身、業界に入ったときに制作進行のマニュアルがなかったから作ろうというのがあったんですよ。実際に本を出してみて、ある程度必要とされたというのも、僕にとっては大きかったです。
最後のひとつは、トリガーというスタジオを知ってもらうきっかけとして、この本が宣伝にもなったことです。『リトルウィッチアカデミア』や『キルラキル』という作品を作らせていただいたことで、トリガーというスタジオに興味をもってもらい、この本を手にとられた方も多くいらっしゃったようですので。制作進行という仕事や、アニメの現場に関心があるからというのではなく、単純にトリガーの作品が好きだからという理由でもこの本を読んでもらえたというのも印象的でした。
人から教えてもらうことが一度もなかった
—— 本書の原型は、ガイナックス在籍時にだされた同人誌『はじめての制作進行』になりますよね。そもそも、どうして制作進行についての同人誌を作ろうと思われたたのでしょうか。
舛本 話の流れをわかりやすくするために、僕の経歴からお話させていただきますね。2011年にトリガーという会社を立てる前、僕は2006年頃からガイナックスに在籍していました。その時に、『天元突破グレンラガン』や『パンスト(パンティ&ストッキングwithガーターベルト)』など、今石(洋之)監督の作品を担当させていただいたという経緯があります。またその前には、グロス請けをメインにしていた、メルヘン社という会社で、制作進行として5、6年ぐらい働いていました。
—— 制作進行のキャリアとしては長い方だと、本にも書かれてましたね。
舛本 たぶん長いと思います。普通は3年ぐらいでステップアップするものなんですが、グロス請けがメインの会社だと、デスクという役職がいらなかったりするんですよね。そういう事情もあって長いこと制作進行の仕事をしていたんですが、その間に「制作進行とはどういう仕事か」教えてもらうことが一回もなかったんですよ。そもそもアニメ業界の制作進行の仕事には、マニュアルがなかった。ちゃんとした新人教育の仕組みもできていなかったんです。
—— 制作進行をされていた頃から、マニュアルや教育システムがないことに疑問をもたれていたんですね。
舛本 僕自身、人から教えてもらうことが一度もなかったんですよね。実際に仕事をしていて、やっぱりマニュアルや新人教育がないことが疑問だったし、不安でもありました。「制作進行ってなんだろう?」という問いに答えられる人が周りにひとりもいないし、参考にするテキストもないっていう状態だったんです。50年近い歴史のあるアニメ業界なのに、これはけっこう異質なことだなあと、ずっと疑問をもっていたんですよね。
その後、ガイナックスに入ったときに、社内で現場発のブログを始めることになったんです。そのブログで何かやってみないかという話があって、そこで初めて制作進行についてのテキストを書いたんですよ。その直前に『グレンラガン』で制作デスクの仕事をしていて、実際に制作進行の子たちを教える立場にいたんですが、そこでやっぱり「テキスト的なものがほしいな」というのがあったんです。デスクをやらせていただいて、ちょっと物事を俯瞰してみることができるようにもなりましたし、今までの仕事を総括する意味をこめてブログを書くことで、自分の頭の中を一回整理できるといいかなと思って。あと、作品を観てくれるお客さんに、制作進行という仕事をアピールしたいという気持ちもありましたので、その反応をみてみたいなと。それで、全15回から20回ぐらい、ブログの方で連載させていただいたんです(編注:GAINAX STAFF Blog内「制作進行のお仕事 」。現在ブログは休止中)。
—— そのブログで、本書のような内容を書かれたわけですね。
舛本 そうなんです。で、連載が進んでテキストがたまった時に、ちょうどコミケのために本を作る話がでたんです。自分は絵が描ける人間ではないし、コミケの中で自分をアピールすることにもあまり興味はなかったんですが、ブログのテキストを1冊の本にしてみたら面白いかなと思ったんです。新人の子に口頭で説明するよりも、本があれば「これを読んでね」という風にできるし、教えるときに便利かなと。で、とりあえず同人誌でだしましょうとなって、テキストをリライトしたり、資料を用意して作りました。なので、ハッキリとした意志があって作ったというわけでもなくて、最初は興味の延長でしかなかったんですよね。
—— 頒布したのは2011年冬のコミケですよね。その時の反響はいかがでしたか。
舛本 最初から売れるとは思ってなかったんですよ。一応1000冊作ったんですが、けっこうな冒険でした。半分くらいは売れ残ると予想していたので、残りは教えるときに個人的に使おうぐらいに思っていて。印刷代さえ戻ってくればよし、まあ赤字になるだろうなっていう前提だったんですが、たまたま隣のサークルが田中将賀さんだったんです。そこで『あの花』本をだされていて、そのおかげで一緒に売れていってくれまして。
—— そんなことはないんじゃないですか。
舛本 いやいや、ほんとにそうですよ。制作進行への興味で買ってくれたのは、実質600冊がいいとこだったと思います。コミケだけでよく売り切れたなって、ホッとした感が大きかったです。
—— 同人誌は、表紙の色が違う版も出されていますよね。
舛本 「改訂版」というかたちで、表紙をオレンジにして、少しだけテキストをふやしたものを出させていただきました。最初のテキストで文脈が乱暴なところがあったので、そこも修正しています。改訂版は800部くらい作って、それはやっぱり売れ残ったんですよ。残部は、トリガーの通販サイトで少しずつ売っていたというのが現実ですね。
マチ★アソビでの出会いから商業出版へ
—— その後、星海社から新書として出そうとなったのは、どういう経緯があったのでしょうか。
舛本 これも、ほんとにたまたまなんです。ufotableさんがプロデュースされている徳島のマチ★アソビに、「制作会社がこういうイベントをやっているのは面白い」というので、視察みたいな感じで行ってみたんですが、そこで星海社の方をご紹介いただいたんですよ。その時にマチ★アソビにいらしていたのが、この本の編集を担当されている今井(雄紀)さんだったんです。
—— 第何回のマチ★アソビだったんでしょうか。2011年の秋ですか?
舛本 暖かかった記憶がありますので、たぶん2012年5月のマチ★アソビ(vol.8)だったと思います。
—— マチ★アソビで、今井さんとどんな話をされたんですか。
舛本 今井さんが『グレンラガン』が大好きでっていう話になって、「それは有り難うございます」って名刺交換をさせていただいたんです。その時点で、今井さんはガイナックスのブログを読まれていて、同人誌も持たれていたと思います。で、マチ★アソビから3カ月ぐらいして、「この同人誌を書籍にしてみませんか」というお話をいただいたんです。
その頃ちょうど、現場で使いたいから同人誌を増刷してくれないかという話が業界の方からきていたんですよ。大変有り難いお話なんですが、1000円で売っていたものを100冊か200冊だけ刷ると原価割れしてしまう。「すみません。赤字になるので出せないです」と謝っている状態だったんです。もし一般の書籍にしてもらえたら価格も下がるだろうし、何より僕らが印刷費をださなくていい。こちらとしても有り難い状況でした。
—— 同人誌で制作進行の本というのはありだと思いますが、それを商業出版で、しかも新書で出すのはけっこうな冒険ですよね。
舛本 いや、ほんと冒険だったと思います。僕も最初「大丈夫ですか? 売れないですよ」って聞きましたから。出版のタイミングを『キルラキル』のオンエア直後にあわせていただいたり、本の構成を上手くまとめていただいたり、売るためのプロの仕事を沢山していただいたおかげです。
—— テキスト自体は、同人誌から大きく変わっていないですよね。
舛本 そうですね。
—— この本には『リトルウィッチアカデミア』の制作資料がふんだんに載っていて、1000円しない本で、これだけの資料がみれるのはお得ですよね。デザイン込みで、商業出版物ならではの味付けが施されていると思います。
舛本 ほんとですよね。編集者の方のプロの仕事は、やっぱり凄いなと思いました。素人が作っていた同人誌の内容を、一般の人に伝わりやすくする工夫ですよね。あと、「読者の手にとってもらわないと意味がない」っていうプロのマインドも凄く感じられました。
同人誌の方はひとりよがりな部分があって、やっぱり個人的な制作進行のマニュアル本って感じなんですよね。元々そういう意図で作ってはいたんですが、星海社さんから出版するにあたって、今井さんの方から「この本を読むことで、アニメを作る疑似体験をさせたい」というコンセプトを出していただいたんです。ガチガチの制作進行のマニュアルではなくて、アニメ制作を疑似体験しながら制作進行という仕事を知ってもらおうと。料理人としての編集者ならではの考え方で、このアイデアは本当に凄いなと思いました。
—— 本にQRコードが載っていて、制作行程を実際に動画でみることができる試みも面白かったです。
舛本 出版のお話をいただいたときに、僕自身ちょっとトライしたいことがあって、それは資料を全部載せたいということだったんです。資料というのは絵だけではなく、香盤表のような現場で使っているもの全てを。あと、線撮などをYouTubeで観られるようにしたいっていうアイデアもあって、折角なので本にプラスしてやらせてくださいというご相談をして、実現することができました。アニメに関するテキストって沢山ありますけど、テキストだけだとなかなか想像しにくいと思うんですよね。僕自身もそうでしたので。なんとかそれを補完できるツールがないかなと思っていたときに、ちょうどYouTubeが台頭してきていたので、ちょっとアイデア的にやらせてもらいたいなと思ったんです。「アニメミライ」で作らせていただいた『リトルウィッチアカデミア』に関する権利がトリガーに移ったこともあって、制作資料をたっぷりと載せることができました。
『リトルウィッチアカデミア』制作工程紹介【シナリオ〜撮影】
本書のサブテキストとして作られた動画だ
—— 『リトルウィッチアカデミア』といえば、一時期、作品自体をYouTubeにすべてアップされていましたよね。
舛本 はい(笑)。
—— 本にくわえて動画でも制作行程をみせるという、全力でサービスする姿勢は、トリガーさんらしいなと思います。
舛本 有り難うございます。
Official Website
トリガー
http://www.st-trigger.co.jp/
星海社
http://www.seikaisha.co.jp/
Book Information
アニメを仕事に!トリガー流アニメ制作進行読本
舛本和也 著
星海社
価格:820円+税
「ジセダイ」内の内容紹介
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