制作進行の仕事を、自分の目標に繋げる
『アニメを仕事に!トリガー流アニメ制作進行読本』著者 舛本和也(第2回)

第1回に続き、トリガーの舛本和也さんに『アニメを仕事に!トリガー流アニメ制作進行読本』のお話を伺う第2回。本書にある印象的なフレーズ「暗黙の実務」「全ての事象は、起きてから対応するのでは遅すぎる」の真意とは?

Profile
舛本和也 Kazuya Masumoto
株式会社トリガー取締役、プロデューサー。主な参加作品に『天元突破グレンラガン』『パンティ&ストッキングwithガーターベルト』(上記2作はガイナックス在籍時)『キルラキル』『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』などがある。

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制作進行は、アニメ業界の入り口

—— 本書には、制作進行の仕事について懇切丁寧に書かれています。特に「暗黙の実務(編注*)」としてやるべきことが挙げられているのが、大変興味深かったです。ここまで活字化しておきたいという気持ちがあったのでしょうか。

編注*本書では、表面上の仕事である「実務」の他に、目には見えない重要な仕事としての「暗黙の実務」が事細かに書かれている。詳しくは、本書を読んでいただきたい。

舛本 「暗黙の実務」は、ブログで書いた頃からコンセプトとしてありました。制作進行って、表面的には管理者なんですよ。業務的には、数字やスケジュールを追いかけることなので、実はそれだと人に説明できるんです。だけど、現場に入ったときに「スケジュールを守る」ということの本当の意味を知ることになるんですよね。夏休みの宿題じゃないですけれど、言われなければやらなかったり、締め切りがきてから始めるようなクリエイターさんたちに仕事をしていただくにはどうすればいいのか。それが本当の意味での「仕事」なんです。でもこれって、僕がメルヘン社にいた頃から、人に言葉で教えるのは難しいなとずっと感じていいて。
—— そうですよね。
舛本 そういう時、だいたい「追っかけろよ」って言われるんですよね。で、そう言われたら単純に電話するしかないんですけど、その行為はかたちでしかなくて、実は電話をする前のコミュニケーションの方が大切なんです。それまでに、どれだけ信頼関係を作っているかにかかっている。でも、それは誰も説明してくれないんですよね。そうした部分は「やってみて習え」「自分で気づけ」っていう叩き上げの世界なんです。自分としては、そうした部分が制作進行の本当の仕事ですよっていうことを言わないと、活字化する意味がないし、ネタ的にも面白くないと思っていました。
—— 「スタジオのコピー用紙を切らさない」みたいなことまで書かれていますよね。アニメ制作に関わらず、進行に携わる仕事をしている人にとっても、参考になる部分が多いと思います。
舛本 いえいえいえ。
—— 「全ての事象は、起きてから対応するのでは遅すぎる」という記述もありますよね。ここも、舛本さんご自身の経験が反映されているのでしょうか。
舛本 そうですね。まあ新人を教えるときに、先読みしろって言っても、どだい無理な話なんですけれど。ただ、逆をいうと、将来的にはできるようにならなければならない。そのことを気づかせてくれる人って、なかなかいないんですよね。今はできなくてもいいんだけれども、ゆくゆくはこういう風にならなければいけないよっていう、地図的なものだと思って書きました。電車を知らなくて初めて乗る人に、「電車に乗れ」と言っても、そもそも何が電車かわからないだろうし、どうやって電車の旅を楽しめばいいのかもわからないと思うんですよ。なので、「電車で行った方がいい」とか「バスで行った方がいい」みたいな説明の仕方ではなく、電車とはどういうもので、乗るためには切符が必要でという風に説明したつもりです。そうしないと将来どうしたいのかっていうところに繋がらないんですよね。
—— なるほど。将来をみすえての努力目標なわけですね。
舛本 これまで後輩や新人といった、下の子たちを教えてきましたが、やはり途中で辞めていく子はいるんですよ。僕が教えたなかでも、3分の1は辞めています。教える側として色々悩んだこともありましたが、そのときに思ったのは制作進行はこの業界の入り口だということなんです。なので、制作進行の仕事を究めることは、それ自体、目の前の仕事としてやらなければいけないんだけれども、本当に大切なのは、次に何になりたいのかということなんですね。演出、監督、制作デスク、プロデューサー……アニメ業界のなかで自分は何をやりたいのかが見えたときに、その目標に繋がるように、今の制作進行の仕事を生かさなければいけないと思うんです。
そうして将来の目標にたいして今の仕事をフィードバックさせていかないと、おそらく仕事に真剣にはなれないだろうし、やっている意味にも気づけない。そういう根本の部分での大切なことを教えないと、教えられた子にとってもプラスにならないだろうと思うんです。ただ、それを知ったから、今目の前にある問題が解決するわけではないんですけどね。そうやって育ってくれれば、僕の仕事も楽になるはずという思いもあったりします(笑)。
—— 今の話は、アニメの制作進行にかぎらず、他の仕事でも同じことが言えると思います。本書に書かれていることが実践できれば、仮に他の業界にいっても十分やっていけるでしょうし。
舛本 まあ、そうなるといいかなとは思いますね。僕自身、他の業種についてはあまり知らないので、なんとも言えないですけれど。

新人が苦労するのは、たぶんどの職種も一緒

—— 本書は、アニメ関連書としてだけでなく、ビジネス書や自己啓発書としても読めるような気がします。唐突ですが、舛本さんは、ソフト・オン・デマンドの高橋がなりさんがお好きだと話されていたことがありましたね。
舛本 はい。大好きな方です。
—— 高橋がなりさんの書かれた本にある、読むと元気になるというか、熱のようなものが本書にもあるような気がしました。
舛本 いやあ、どうでしょう。高橋がなりさんは、僕がちょうど学生だった頃にテレビによくでられていて、面白い方だなと観ていました。ビデオメーカーの代表をされていたときも面白かったですけど、その後AV業界から離れて、農業に従事されたじゃないですか。僕にとってはその時がいちばんのエポックで、「この人は凄いな」と思いました。
—— 国立ファームを作られたときのことですね。
舛本 そうです、そうです。物事を先読みする力や、人にたいするサービスの仕方の根本の部分だったり、高橋がなりさんのやられていることは本当に面白いなと思いました。別に目指そうとか、とてもじゃないですけど思えはしなかったですけど、僕の中では印象に残った方ですね。
—— 『マネーの虎』を観てというより、著書などを読まれていた感じなんですね。
舛本 『マネーの虎』はバラエティとして観ていましたけど、著書やブログにあった、根本的な会社の作り方や物の考え方、社員への物の言い方などは、興味深く読ませていただいていました。学生の頃はビジネス書や伝記ものを読むのがすごく好きだったので、高橋がなりさん以外にも、いろいろ読んでましたね。
—— 話が脱線して失礼しました。舛本さんの本の話題に戻ります。この本が画期的なのは、制作進行を辞めた人が書いた業界暴露本のようなものではなく、ポジティブな姿勢で書かれているところだと思います。ただ、実際に制作進行として働いている人にとっては、なかなかこの本のように働けない状況の人もいるのではないか……とも思います。裁量がなくて、上からも下からも突き上げにある立場にたたされたりして。
舛本 そうですね。
—— 舛本さんご自身も、新人の頃は裁量がなくて苦労されたと思います。その辺り、どう思われますか。
舛本 新人が苦労するのは、制作進行にかぎらず、たぶんどの職種も一緒だと思うんです。やっぱり新しく入って1年目や2年目の頃は、自分の権限や時間などはなきにひとしい。厳しくいうと、みんなの手足となって働け、そして自分のスキルをみにつけろ、ということですね。これは新人すべてに言えることで、裁量のあるなしという価値観の前に、まず仕事ができるようにならなければいけない。これは当然のことだと思います。
しかも、僕らの業界というのは第三次産業ですからね。一定のスキルを勝ちえたら、実はそこからは人と違うことができないといけない「芸人」の世界なんです。そこに関しては、クリエイターだけでなく、制作進行も同じだと思います。だから、裁量がなくて最初の頃はやりづらいのは当然の話で、それは自分自身にスキルがないからなんです。で、スキルがないから怒られる。まわりは本当にプロの方たちばかりですから、最初はある程度育ててもらう。でも、それはたぶん優しい言葉で育ててもらうのではなく、ときには罵倒されながらも育っていくということなんです。
—— おっしゃられること、よくわかります。それだけ厳しい世界だからこそ、舛本さんは本でも「自分にあった就職先を見つけてください」と書かれているわけですね。
舛本 そうですね。
—— 例えば、私が制作進行として働こうと思ったとして、舛本さんのような人の下で働くことができれば、厳しいながらも連いていけばこうなれるだろうというビジョンがもてる気がします。反面、言葉は悪いですが「使い捨て」のような、何も教えてもらえずに辛いことだけ……というケースもありうるように思います。
舛本 十分ありえると思います。僕自身が、最初は似たような環境にいましたので。もともと僕はアニメーター志望でしたが、絵が上手くなくて、それで制作進行になったんですよ。
—— あ、そうなんですか。最初のメルヘン社には、アニメーターになりたくて入られた?
舛本 いや、それは違います。その前にアニメの専門学校にいったんですが、その途中で自分がそんなに絵が上手くないことに気づいて、目指すものを制作進行に切りかえたんです。ですから、制作進行がどういう仕事か、具体的によくわからない状態でメルヘン社に入った。で、最初は先輩がひとりいたんですが、その先輩も1年で辞めてしまって。
—— それは大変ですね……。
舛本 2年目からは制作進行は僕ひとりの状態でした。そういう状況でしたから、そもそも教えてもらうってことがない。あとはもうまわりに聞くしかなくて、演出家さんや、別の会社の制作進行さんに聞いてました。今思うと、働く環境を選ぶレベルの問題ではなかったですね(笑)。
—— そうした環境で制作進行の仕事を長くされてきたわけですね。そこで、教える大切さを痛感されたということですか。
舛本 最初の3、4年は自分ひとりで切り盛りするしかなかったので、教える機会はなかったんですよ。ずっと下っ端でしたしね。結局ガイナックスに入るまでは、組織というものを作れませんでした。ただ、ひとりでやっていると、やっぱり自分の仕事の限界値というのがみえるんです。ひとりでは、2人分の仕事はできない。できて、1.2から1.4ぐらいですかね。それだと、作品を作ることの限界がみえてしまうんです。その限界をこえるためには、人の助けを借りて、みんな作るための組織を作らなければいけない。制作部や制作チームといった組織を作らないかぎり、自分にとってアニメを作ることが大きく広がらないことを痛感したんです。教える大切さに気づくようになったのは、そこからですね。

<第3回を読む>

Official Website
トリガー
http://www.st-trigger.co.jp/

星海社
http://www.seikaisha.co.jp/

Book Information
アニメを仕事に!トリガー流アニメ制作進行読本
舛本和也 著
星海社
価格:820円+税
「ジセダイ」内の内容紹介
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