市村徹夫監督とマッドハウス、その「演出観」の違い
『ねじまき精霊戦記 天鏡のアルデラミン』アニメーションプロデューサー 橋本健太郎(第2回)

第1回ではマッドハウスと橋本さんのこれまでを中心に聞いたが、第2回からはいよいよ『アルデラミン』について掘り下げていく。監督である市村徹夫さんの演出の特徴について伺った。

Profile
橋本健太郎 Kentaro Hashimoto

アニメーションプロデューサー。マッドハウス所属。代表作に『デスノート』『オーバーロード』『魔法科高校の劣等生』などがある。

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「誰も疾走するキャラクターがいないんです」

—— 市村監督は映画がお好きと聞いたのですが?
橋本 好きなんだと思います。フランスに留学していた経験があって、フランス映画には造詣が深いと思います。アニメの監督で映画を観ていない人間はあまりいないとは思いますが、市村さんはアニメより映画を観ているという印象があります。
—— 第1話の絵コンテを拝見させていただいたのですが、船が嵐に遭うところでの参考に映画のタイトルが入っていますね。
橋本 ああ。「白い嵐」。わりと有名な映画ですよね。古川(知宏)さんも作品を沢山観られている印象があります。雑談などでお話する時に他の作品のお話をお聞きしたりしました。

第1話より。イクタたちが乗る船は予期せぬ嵐に遭う。

第1話より。イクタたちが乗る船は予期せぬ嵐に遭う。

—— 古川さんというと、今回4話と8話の絵コンテ・演出を担当された方ですよね。
橋本 古川さんはアニメにも作画にもとてもに詳しいと思います。監督や演出家にも詳しいですね。今回、3話と6話の絵コンテを担当された伊藤尚往さんなんかは歌舞伎なども観られているそうです。上手下手(かみて・しもて)の概念は演劇でもあるじゃないですか。花道がセンターで……とか。そういう概念は、東映の研究所(東映アニメーション研究所)で教わったと聞きました。アニメ以外の映像や演劇などの演出も含めて、そういったことにはみんな敏感ですね。演出家に好きな映画を聞いていくと、好みが結構出るので面白いです。
—— ちなみにキャラクターデザイン担当の香月(邦夫)さんは、演出家でもありますよね。今回そのあたりでの意見の交換はあったのですか?
橋本 確かに、香月さんは演出経験もある方なので自分の意見は言ってくれました。でも、今回はキャラクターデザイン・総作画監督でしたし、監督には明確な意見があったので大きく反映されたということはあまりなかったように思います。香月さんも僕もどちらかというと、ハッタリを効かせたアクションを好む方だと思うのですが、市村さんは、とにかくキャラ性を重視していた感じがします。でも、『アルデラミン』には、いわゆる「かっこいいキャラ」はいない。あえて愛のない言い方をすると、淡々としたヤトリと、遠くからヘッドショットするトルウェイと、バタバタしているマシュー、何もしないハロ、それを指揮するイクタという……。誰も疾走するキャラクターがいないんですよ。戦術も地道に組んでいきますし。
—— 『アルデラミン』は一見アクションが多い作品のように思えますが、ぱっと見の印象と内実が違うんですね。

演出として意味がなければ採用しない

—— いくつかのインタビューを読ませていただきましたが、市村監督は、ご自身の演出に強い信念を持っていらっしゃるようですね。
橋本 そうですね。マッドハウスって元々カッコいい絵や構図で見せる作品を好む印象があります。演出とは関係ない部分でも、ビジュアルを重視する感じでしょうか。「格好良ければいい」みたいなところがあると思います。市村さんは大分そこが違っていて、演出として意味がなければ、そうした手法を採用しないし、無駄にケレン味を採らない。演出意図から若干外れた誇張された演出が好きではないのかもです。自分や『アルデラミン』の色彩監督の大野(春恵)さん、撮影監督の伏原(あかね)さんなんかは割と格好良さ優先で、「格好良ければいい」という感じがあると思います。極端な例えですが、カットが繋がってなくても、格好良い画面であれば良い。でも、そういった細かいところでも、市村さんなりの考えがあったように思います。
—— 他にどういったところに市村監督らしい演出が見て取れますか?
橋本 2話なんかがそうですね。アルシャンクルト皇帝の玉座の間は、僕はもっとコントラスト強くステンドグラスから光が入ってくると思っていたんですよ。それで影が入って、王座の方は黒く染まっていて、主人公に光が当たるような。それで腐敗している人間とそうでない人間という分け方をするのではないかと。これは『GUNGRAVE』の14話で都留(稔幸)さんがやった演出法で僕も凄く印象に残っているんです。
—— それはどういう演出だったのでしょうか。
橋本 エレベーターの中で、主人公はずっと光の中にいて、親友だったハリーは影の中にいるんですね。最後にようやく光の中に出てきたハリーが、主人公を殺してしまうという演出です。当時は斬新だったけど、時代を重ねて作品も増えて行く中で、だんだん一般化して、当たり前の演出になっていってしまった。そういった演出に対しては、あえて一度違う方法を模索している印象があります。それは良い部分でもありますが、流行と逆を行く事もあるので、匙加減が難しいところですね。

第2話より。玉座にてイクタたちは皇帝への拝謁を許されるが……。

第2話より。玉座にてイクタたちは皇帝への拝謁を許されるが……。

橋本 『アルデラミン』のキャラクターデザインは、最初はもう少し原作の竜徹さんのイラストを反映した絵にする可能性もあったのですが、監督はリアル目な造形でいきたい。戦争を扱っているし、一枚絵としてのイラストではないので、作風にそぐわない場面も出てくるだろう。軍服のデザインなども、原作イラストでは可愛いデザインにまとめられていますが、戦争を扱う作品ですし、演出もそういった生死を扱うことになるので、そういったシーンでも合うように、多少変えさせていただきました。そういったしっかりした意見は持っているし、納得はできる理由ではあります。演出方法でもそうですが、そういった面は諸刃の剣なこともあると思いますが。
—— それはもっと大衆娯楽的な作風にすべき場合もあるのではと?
橋本 そうですね。場合によってはハリウッドっぽく作らないといけないと思います。市村監督は「とりあえず爆発しておけばいいじゃん」というようなビジュアル重視の考えは好きではないと感じました。作品の意図にあまり関わらないところでの、サービスは苦手なのかもですね。

あえてアクションがないオープニングを

—— 他に市村監督の演出で特徴を感じられた部分はありますか。
橋本 自分が担当した作品では、あえて目を隠すような演出をする時があります。例えば今回3話分絵コンテをお願いした浅香(守生)さんは結構コンテ時にそうされていましたが、市村さんは必要がないところで目を見せないのは、意味が違うと考えられているようです。目を隠すと意味深な感じが出てしまうので、特に必要がない時はなるべく目が見えるように指示を出されていました。

第11話より。浅香守生氏の絵コンテ担当話には時折目を隠す表現が用いられる。

第11話より。浅香守生氏の絵コンテ担当話には時折目を隠す表現が用いられる。

橋本 市村さんにとってマッドハウスは異文化なところもあったと思います。それはこれまでマッドハウス以外でメインのお仕事をされているスタッフと仕事をさせていただいた経験でもそう感じますね。会社や作品の考え方が変われば、そこは変わるかなと。いずれにせよ演出の「我」みたいなものは、監督には必要だと思います。それがしっかりとあるのが、市村監督の面白いところだと思います。
—— ちなみに、こういった作品でオープニングに激しい戦闘シーンがほぼないのは非常に珍しいと思うのですが、これも監督の方針の一環なのでしょうか。
橋本 そうですね。オープニングの展開は曲に対して結構地味なのですが、ジャンやアクガルパなど敵キャラクターを入れたり、激しいバトルの絵を入れたりすることも可能だったと思います。でも、市村さんはそういうバトル中心のオープニングよりも、メインキャラクターの背景を描かれたのだと思います。
—— そもそも意図として、アクションを入れていないんですね。
橋本 イクタやヤトリが戦うシーンは、あまり本編の流れと関係ないですからね。凄いアクション寄りの作品でもないので、映像の尺が取れるなら、政治が乱れているところや、精霊を整備しているところ。ボウガンの弦がちゃんと張れているか、といった戦争に入っていくまでの緊張感の高め方に力を入れたいと思っていました。結局、ハイパーバトルを描く作品でもありませんし。ヤトリが10メートル飛べたりすると、アニメーション的にはハッタリも利くし、絵的にも格好良いのですが、そういったことをする作品でもキャラクターでもないですしね。

オープニングより。イクタたちの日常がフィーチャーされている。

オープニングより。イクタたちの日常がフィーチャーされている。

—— 11話にそれを強く感じました。ハイパーアクションより、戦場感を大事にしていると言いますか。
橋本 主人公側は600名、シナーク族が200名、自軍800名のうち何人かしか使えない状態で、相手は12000人という状況なのですが。あれはオーソドックスな撤退戦に見えて、実は結構タクティクス的にも珍しいですし、複雑な設定でした。加えて、『アルデラミン』はこの時点でライフルの射程が約200m、風銃が40m、ボウガンが30m位で、白兵戦もある。この技術レベルが違う兵器が混在している中で、各キャラクターの兵種毎の役割もあります。
原作小説を細かく検証していくと、いくつかは尺が限られたアニメーションのシナリオとして、まとめると矛盾を起こしてしまう部分があったりします。でも、感情ラインをしっかり描く事で、多少不自然でも気にならないように注意はしました。そのあたりを表現するのが難しかったです。
—— パッと絵面で見て、矛盾していそうなところをごまかしてしまうということですか。
橋本 そうですね。そのあたりのバランスでしょうか。シナリオ時に矛盾点が合っても感情線を中心に気にならないように注意したように、絵コンテ時はそれを絵にした時にも気にならないように、注意しなければいけないので、とても大変だったと思います。
—— でも、できあがった11話については、回想含めてその見せ方もすごく上手いと思いました。
橋本 ありがとうございます。先程もお話しましたが(第1回を参照)、市村監督はそういう心情に寄り添った見せ方をするのが上手いのだと思います。

第11話より。イクタとヤトリの会話は鬼気迫る何かが感じられる。

第11話より。イクタとヤトリの会話は鬼気迫る何かが感じられる。

橋本 ただ、オープニングも最後まで観て意図がやっと分かるような作りですし、パッと見の派手さは弱かったのかもです。アニメにおいては、最初の5分が大事という部分もありますから……。『アルデラミン』については、本格的な作りにできる土壌があり、作品性をより高められた気もしますが、反面地味になっているところもあったのかもです。アニメーションプロデューサーとしての個人的な意見ですが、自分がやりたいことだけを続けていても、仕事が続かない場合がある。個人の能力如何はともかく、時代の流行り廃りなどは強く認識しないといけないのかなと思います。

<第3回を読む>

Official Website
テレビアニメ『ねじまき精霊戦記 天鏡のアルデラミン』公式
http://alderamin.net/

Soft Information
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(C)2015 宇野朴人/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/「天鏡のアルデラミン」製作委員会