日野さんの演技のおかげで、骸骨でも表情があるように見えるんです
『オーバーロード』監督 伊藤尚往(第1回)

今期のアニメ群の中でも、話題急上昇中の作品といえば『オーバーロード』だろう。web小説として連載され書籍化された原作の部数は、アニメ放映後60万部から150万部へと増加。いかにアニメ化で人気に火が付いたか窺えるというものだ。ネット上などで「俺TUEEEE」と呼ばれる系譜に見られることが多い本作だが、それ以外にも複合的な魅力を持った作品となっている。今回は監督である伊藤尚往氏に、気になる制作法について伺った。

Profile
伊藤尚往 Naoyuki Ito

竜の子アニメ技術研究所に入社。その後東映アニメーションへ。原画マンとして活躍し、後に演出家として『おジャ魔女どれみ』『ワンピース』『ちはやふる』など様々な作品に携わる。監督作としては『Kanon』(東映版)『イリヤの空、UFOの夏』などがある。

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『オーバーロード』は『ちはやふる』の経験を活かした作品

−— 伊藤監督はこれまで多数の作品に携わられていますよね。その中で『オーバーロード』に特に影響を与えているのはどういった作品なのでしょうか。
伊藤 意外と『ちはやふる』だったりするんですよ。
−— おお。それは少し意外です。『ちはやふる』は競技かるたを題材にした少女マンガが原作ですし、作品性は大分違いますよね。
伊藤 そうですね。影響という意味では具体的にどこというより「シナリオの在り方」なんですよね。昔からシナリオがよければ、面白いアニメが作れるのに、と思っていたんです。
−— 確かに、絵や動きは凄いものの、話が面白くないアニメというのもありますよね。
伊藤 自分はもともと作画出身なので、動きが面白いアニメは好きなのですが「作画がいい」はイコール作品の評価につながらないんです。そこに対して昔から思うところが多くてですね……。シナリオさえしっかり作ってあれば、話が面白くなるのだから、いいアニメができるのに、と。しかし、なかなかシナリオ周りについて、コントロールできなかったというジレンマがあったんです。そんな思いを抱えながら、マッドハウスさんから『ちはやふる』の話を受けてやっていると、原作が面白いんですよね。毎回原作を読んで涙ぐんだりして……(笑)。
−— (笑)。
伊藤 アニメを作るから何度も読むんですよ。ですから何度も泣かないといけない(笑)。そこで、『ちはやふる』の話の作り方には、人を感動させる仕組みのようなものがあるのではと考えたんです。その後、東映さんの劇場(『映画 ドキドキ! プリキュア マナ結婚!!? 未来につなぐ希望のドレス』)を作らせていただいて。その時、監督をやらせてもらえるということで、シナリオに対してコミットできたので、『ちはやふる』の経験を活かしながらシナリオを大事に作ってみたんです。すると、ある程度「面白いよ」というリアクションをいただけた。そこで手応えを掴んだ気がしました。
−— あの『プリキュア』の劇場版は泣けますよね……。
伊藤 あ、ご覧いただいていますか。いい感じですかね?(笑)
−— あれで泣けない人はいないのではないかと……。あの作品は『ちはやふる』の作り方がヒントになっていたんですね。
伊藤 そうですね。『ちはやふる』にもあった、同じセリフでも前半と後半で違う意味を持つという部分なんかを当てはめてみたりしました。
−— ネタバレになるので詳しくは言えませんが、確かにそのあたりはあの映画での大きなポイントでしたね。では、今回の『オーバーロード』も、その延長ということで、お話重視で考えられていた?
伊藤 はい。なんといっても原作が面白いので、この面白さがそのまま出せればいいものになるんじゃないか、というのが自分の中での取っかかりだったんです。『プリキュア』でやったことと近いのですが、前半で言っていたセリフが、後半で実はここにかかっていたという部分がいくつかあって、そこは極力活かしていければと思いましたね。
−— 具体的には第4話、アインズの「無駄なあがきをやめ……」というセリフでしょうか。
伊藤 そうですね。ニグンのセリフを、そのまま後でアインズが言い返してみたり、第8話の「それを責めるのは我儘というものだ」から第9話の「言い忘れていたな、私は非常に我儘なんだ」に繋げるといったところですね。ああいうハッタリはいいなと(笑)。そのあたりはポイントになると思って作っていました。

第9話より。第8話(第9話アバン)のセリフを踏まえた言葉で戦闘を終わらせるアインズ。

第9話より。第8話(第9話アバン)のセリフを踏まえた言葉で戦闘を終わらせるアインズ。

原作小説には、ある種の懐かしさを感じた

−— 先ほど、原作が面白いとおっしゃられていましたが、第一印象はどんなものだったのですか?
伊藤 最初はweb版を読んだんですね。そうすると文章量がとんでもなくて、これがいつまで読んでも終わらないんですよ(笑)。ネットだと書籍のようにページがないから、どこが区切りなのか分かりづらいんです。それで、「ふう、終わった。じゃあ次の章を読むか」と思っていたら、「全然違う話だぞ?」ということも多々あって。
−— 章代わりで別の人の視点になったりしますよね。
伊藤 ええ。それで読み進めていくと、物語が分かっていくという流れが、懐かしいなと思ったんですよ。こういうあえて親切じゃない作り方は、それこそ『(新世紀)エヴァンゲリオン』なんかを観ていて感じていたことなんです。「この話はどこに繋がるんだろう」と思ったら、ちゃんと最後に終着点がある。小説だと昔からあった手法ですが、「ああ、こういう作り方を活かしていくと面白いかもな」とは思っていましたね。もちろん視聴者が、どこまでその分かりづらさに耐えていただけるかという部分もあるので、気を遣わないといけないのですが……。自分が東映さんでやっているのはキッズ向けが多いんです。「第三者の回想シーンが続く話数でも、主人公は必ず出しましょう」みたいな、分かりやすさ優先の手法になりがちなんですよ。今回は会社も違いますし、そういう部分は多少乱暴にやったほうが面白くなるのかなと思いました。見ているうちに「ああ、ここに繋がるのか」ということが分かるような物語の作り方はありだろうな、と。
−— 物語が繋がるというところでいうと、作中、ニニャの背景など、今回のアニメ化では昇華されない伏線も一部入れられているように見えるのですが……。
伊藤 それはその後に繋げるために入れているのではなくて、そういう伏線的な描写がないと、シークエンスそのものが成立しないからなんです。例えばキャラクターとして違和感があって、その理由がちゃんと昇華されるのがアニメ化されている範囲にないとしても、「その違和感には理由があるのだ」と視聴者に気づいてもらえるキーワードを放り込んでおこうと。そうでないと、ただ違和感があるだけのキャラになってしまいますからね。
−— なるほど。原作未見の視聴者に対しては、具体的なことは分からないけど、何かあったんだろうなと察してもらうことで、シークエンスとしての違和感をなくすということですね。
伊藤 そういうことはしています。

キャラ物としてきちんと表現しようと思った

−— 制作にあたって、原作をアニメという媒体に改めて落とし込まないといけないかと思うのですが、どのあたりをポイントとされたのでしょうか。
伊藤 「アインズは人間の世界に戻りたいのか」という部分は悩みましたね。最終的には、今回のアニメ化の範囲内では語られないということもありますので、原作サイドともご相談した上で、考えないことにしようという割り切りをしました。書籍であれば、アインズの躊躇というかたちで表現できることでも、映像にした時は前に進めないだけの印象になってしまいそうでしたので、その尺は取れないと思ったんです。優先順位として、もっとやらなければいけないことがあったので。
−— 原作側も現在刊行分ですと、現実世界に戻りたいのかまだ分からないですよね。
伊藤 そうですね。そのあたりの話が原作で重要な部分として大きく触れられていれば、ニュアンスを足すべきだったのでしょうが、原作自体の帰着点も見えていない状態でしたので、大きく取り扱う必要性をあまり感じなかったんですね。
−— 一方で絵作りに関してはいかがでしょうか。原作イラストを手掛けられたso-binさんの絵は繊細ですし、なかなかアニメにするのが難しそうですが。
伊藤 so-binさんの絵は凄く魅力的なのですが、正直実際にアニメにする時に辛いとは思いました(笑)。ただ、僕が入る前の段階で、キャラクターは吉松(孝博)さんにお願いするという話が動いていたので、一度方向性を決めたら迷いなく進められましたね。
−— 吉松さんといえば、『TRIGUN』や『HUNTER×HUNTER』など、マッドハウスの代表的な作品をいくつも牽引されてきた方ですよね。
伊藤 はい。吉松さんのパーソナリティーに寄り添う方向でいくとすれば、どういうかたちになるのかを考えました。上げていただいたものを見ていると、西洋のファンタジーもの然とした原作の調子とも違った、日本の良きアニメのニュアンスに振られていた部分があったんです。であれば、作品世界を再構築するために「キャラ物」としてきちんと表現するべきなのではないかと。画面にたくさんのキャラクターがごちゃっといるような見せ方ではなく、フレームにひとりキャラがいて、それ自体が立つような……。キャラが面白いという見せ方で行こうと思ったんです。
−— 確かに原作そのままのキャラクターだと、キャラ物としてはやりづらい部分もあるかもしれないですね。
伊藤 ええ。吉松さんのキャラデザインであれば、ポンと(キャラをフレーム内に)置いて、あとはセリフそのものの魅力でも成立するのではないかと思ったんですね。
−— so-binさんとのやり取りみたいなものはあったのでしょうか。
伊藤 so-binさんから、ご自身がイメージするキャラ設定原案のようなものはいただきました。100パーセント反映はできなかったのですが、いただいたものを可能な限り使えるよう動いたつもりです。特に、原作に書かれていつつも、イラスト化されていないキャラに関しては、かなり数を出していただいています。もちろん吉松さんのオリジナルデザインのキャラも入っているのですが、so-binさんの絵を見ながら方向性を決めて調整しました。アルベドのフルプレートなんかは、so-binさんに出していただいた案ですね。ただ、当然so-binさんの絵なので、それなりに情報量が多いんですよ(苦笑)。

オープニングより。第3話、第4話に登場したアルベドのフルプレートについては、原作に絵として掲載されていなかったもの。

オープニングより。第3話、第4話に登場したアルベドのフルプレートについては、原作に絵として掲載されていなかったもの。

−— それは、そうでしょうね。
伊藤 そこは吉松さんに整理してもらっているのですが、それでも線は多いですね。吉松さんはあの絵をささっと上げてきてしまいますので、それはそれで凄いのですが……。ただ、作画さんの中でも同じように描ける人はなかなかいないんですよ。
−— 今時珍しいぐらいの線の多いキャラクターですよね。そのあたりのご苦労は、やはりかなりあるものですか?
伊藤 ええ。第1話の作画に入って最初に思ったことが、アインズ様が意外なほど似ないんです……。そもそも黒い眼窩の中に赤い目玉があるので、線画だと仕上がりが分からないんですよね。眼窩の部分をちゃんとグリグリ塗ってみないと印象が分からない。
−— 線画の時は黒く塗ったりしないですものね。
伊藤 そうなんです。赤い目玉も大きさによって印象が変わるはずなのですが、撮影してみないと分からなかったので、苦戦しています。ですから、考え方としては、アインズの顔は基本動かさないようにしようと決めました。アニメの線にするとどうしても柔らかくなってしまうので、骸骨を描くとギャグっぽくなってしまうんです。できるだけ表情は変えず、同じような顔を描いてもらうというニュアンスにしました。
−— それでも、やはり骸骨にはこだわりたいと?
伊藤 実際はそんなに頑張らなくても、フィルムのルックとしては変わらなかったのかもしれません。ただ、so-binさんもどこかのメモで、「格好いい骸骨というものがある」とお話をされていたんですよ。確かにso-binさんの描いている骸骨は格好いいじゃないですか。そのニュアンスはなんとか残したいと思っていましたね。
−— 先ほど、基本的には同じ顔を描いているとおっしゃっていましたが、シーンによっては迫力があったり、笑っているような印象に見えることもありますね。
伊藤 不思議なもので、シチュエーションでそう思えてくるんですよね。もちろん、影の付け方を少し緩くしたりはしているのですが……。あとはやっぱり芝居でしょうかね。
−— ああ! 日野(聡)さんのお芝居ですね。表情が変わらないということでいうと、その演技が凄く大事になってくるかと思うのですが……。
伊藤 まだアニメ版の声優さんが決まってなかった頃、ドラマCDを最初に聞いた時に、「これでいいじゃないか」と正直思いました(笑)。実際に日野さんになりそうだという話が来た段階で、「これでなんとかなるな」とホッとしましたね。声の芝居としてのアインズ様は日野さんなんだという解釈が先にあって、絵の方はどうするかというアプローチをしたという順番なんです。
−— では先ほどおっしゃられたアインズの表情を固定にする、というのは……。
伊藤 ええ。まさに日野さんの芝居があったからこそ判断できたことなんです。声の芝居だけで感情が表現できているので、下手に顔を記号的にびっくりさせたり、怒った顔を作ったりはしないほうがいいのではと。口パクも、軽くなってしまわないようパクパク動かさず、基本閉じたままにしてします。逆に日野さんのほうで芝居がしやすいように、そういう余地は作っておくという考え方です。結果、この点に関してはとてもいいかたちになったと思います。

<第2回を読む>

Official Website
アニメ『オーバーロード』公式
http://overlord-anime.com

Soft Information
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第1巻 9月25日発売
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(C)丸山くがね・KADOKAWA刊/オーバーロード製作委員会