「昨年コンテと演出だけやってたとしたら年収120万」「別に業界から放逐されたとて俺はもうアニメに未練はない」。『スレイヤーズ』テレビシリーズ、『灼眼のシャナ』シリーズなど数多くの作品で知られるアニメーション監督の渡部高志氏は、Twitter(現X)で日々の暮らしや過去の仕事の思い出話とあわせて、ユーモアを交えながらご自身の近況に関する赤裸々な投稿を続けられている。
なぜ、渡部監督はこのような投稿をされているのか。直接会ってお話を聞いてみたいと思い、左記のような依頼状(編注:紙の同人誌『別冊AniKo』には掲載)をDMでお送りして快諾いただいた。約2時間半うかがった内容を、可能なかぎり取材時の雰囲気のままお届けする。
※本記事は、2023年末の「コミックマーケット103」で委託頒布した紙の同人誌『別冊AniKo』に収録したインタビューの試し読みです。全体約52000字のうち冒頭約8000字を掲載しました。続きを読みたいと思われた方は、恐縮ながら『別冊AniKo』をお買い求めください。「コミックマーケット104」2日目の2024年8月12日(月・祝)、AniKoのスペース「月-東ウ04b」にて頒布するほか、メロンブックスでも通信販売中です(https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=2259028)。
Profile
渡部高志 Takashi Watanabe
1957年、北海道生まれ。東海大学芸術学科在学中の1978年頃からトップクラフトでアニメーターの仕事をはじめ、1984年頃に海外合作作品で初演出、テレビシリーズ放送開始前年の1987年に単発で放送されたテレビスペシャル『キテレツ大百科』で監督デビュー。監督作品は『ミラクルジャイアンツ童夢くん』、『スレイヤーズ』(テレビシリーズ)、『灼眼のシャナ』シリーズ、『ロスト・ユニバース』『宇宙海賊ミトの大冒険』『RAVE』『一騎当千』『緋弾のアリア』など多数。X(Twitter)アカウント@TkashiWatanabe(https://x.com/TkashiWatanabe/)
―― ご依頼状にも書かせていただいたのですが、Twitterで書かれている内容がすごくちょっと……面白いと言ったら――
渡部 (吹き出す)(笑)。
―― 語弊があるんですけども、本当に赤裸々に書かれているなと読んでおりました。今のアニメ業界のリアルな部分の一端を書かれているのではないかなとも思いまして、今日はいろいろお話をうかがわせてください。
渡部 そういうふうに気づいていただけるとうれしいですね。同業のアニメ監督さんでTwitter――今はXですか――をやられている方も多いと思いますが、私が見ている範囲では真面目な発言をされている方が多い印象で、作品の公式Twitterとあまり差がない気がしまして。なので、自分がやるのならば、せっかくですから差別化して展開できたらなとは思っていたんですけれど。
―― 渡部監督は、2020年2月からTwitterをはじめられています。そもそもどうしてやろうと思われたのでしょうか。
渡部 カミさんが先にはじめていたんですよ。「カミさんが」なんて言うと、『(刑事)コロンボ』みたいですけど(笑)。Twitterでも何度か書いていますが、私は(アニメ)業界内で人づきあいが広いほうではなくてですね。ちょうどその頃、まあありていに言えば仕事がなくなったんです。厳密にはいろいろあったんですが、それがいちばん分かりやすい表現だろうと思います。それでカミさんが、「Twitterをはじめたら、何かしら世界が広がるんじゃないの」とアドバイスをしてくれまして。
―― 先にはじめられていた奥様から勧められたのが、きっかけだったのですね(編注:渡辺監督の奥様はアニメーターの宮田奈保美氏。Twitterのアカウントは@NaolinMiyata(https://x.com/naolinmiyata))。
渡部 全然ほめられた動機ではないんですけどね。どうせ誰も私のことなんて知らんだろうと思って書きだしたらけっこう広まってしまってビックリしました。すごいですね、SNSって(笑)。
ただ、書くさいには自分のなかで制限がありまして、いわゆる守秘義務というものがありますよね。現在進行形の仕事についてはまったく書けませんが、あとはもうほとんどが自分のお気持ちなので、私の気持ちには誰も文句はつけようがないだろうというところからはじめた感じです。
―― まさに今言われたことは読んでいて感じたところでして、自由に書かれているようで、本当にまずいことは書かれていないなとも思っていました。今おっしゃられた現在進行形のお仕事への配慮もそうで、今は一部のフリーのアニメーターの方などのほうがけっこう書かれている印象があります。
渡部 たしかに、アバンギャルドにやられている方もいますよね。
―― 読んでいて、はたしてどこまで合意をとったうえで書かれているんだろうと思うときがあります。僕の印象ですと、アニメ業界と違ってゲーム業界はそのあたりすごくカッチリやられている印象で。
渡部 (ゲーム業界は)厳しいんですよ。
―― 例えば、末端のスタッフの方が発表前に『ドラゴンクエスト』の新作をつくっていることをTwitterに書いたら、それこそ株価に影響するぐらいのことですものね。
渡部 それは大変なことになりますよね。
―― アニメ業界も、以前よりはいろいろと気をつけられるようになってきていると思いますが、それでもナチュラルに発表前の情報がでてしまうときもある印象です。
渡部 昔はけっこうもれていて、それで何度か企画が座礁しかけたという話を聞いたことがありますよ。
―― そんななか渡部監督のツイートは、赤裸々ではあるものの、具体的なエピソードは関係者の人も気にされないであろうだいぶ過去のものばかりですよね。また、さきほどお気持ちとおっしゃられましたが、人によっては本当に気持ちをはきだすだけのツイートで、読んでいる人には何を言っているのか分からないということもよくあります。Twitterの使い方として、それが正しいとは思うのですけれど、そういう書き込みは読んでいてモヤモヤします。
一方、渡部監督のツイートはお気持ちであっても、ちゃんと人に伝えたいというか、何かしらのメッセージを知らしめたいという意図が感じられました。こういう言い方をしていいかどうか分かりませんが、きちんと演出されているというふうに思いまして。
渡部 ああ、分かってくださっている。ありがとうございます。実は、アホなことを書いているつもりでも、無用なところに支障が行かないようには配慮しているつもりです。そのうえで、自分の心情はドッとだす。Twitterって本来そういうツールなのかなと思っていて、そこに徹しているというところです。わりとアホめなことも書いていますが、よくよく事情を知っている人が読めばなるほどと思っていただけることも案外と多いんじゃないかと思います。
―― そういう意味では、実はものすごく高度なSNSの使い方をされているんじゃないかと思います。純粋に読んでいてすごく面白いですし。
渡部 自分で言うのもなんですけど、面白いですよね(笑)。Twitterを読んでもらっている人からは、よくそう言われます。まあ、昔だったら壺に向かってわーっと言って穴をほって埋めるようなことばかり書いているんですけど。
ただ、やっぱり書いていて思うのは、一般の……と言ったら失礼かもしれませんが、アニメ業界外のわりと事情通の方々でも意外と知らないことは多いということです。ようは知っているつもりになっていて、その知識でもって語る。それがどうも我々業界内部にいる人間からみると少しずれているっていいますかね……たしかにそうなんだけど、実のところはそうでないんだっていう。まあ、その核心の部分はさすがに私も書けないんですけども、本当はそうじゃないんですよということを、私のTwitterから感じとってほしい気持ちもあります。ぶっちゃけて言いますと、実は私、ネット歴は長いんですよ。
―― かつて、ご自身のサイトも運営されていたそうですね。
渡部 インターネット黎明期の前のパソコン通信の時代からやっていました。ニフティは有料だったので、草の根BBSと呼ばれていたもので「アニメ業界とは」みたいなことを書いていまして。まあ、クローズドな世界なのでさほど話題にはなりませんでしたが、パソコン通信の専門雑誌で特集していただいたことが何回かあったと記憶しています。
―― その頃から、アニメ業界について発信されていたのですね。
渡部 遠い昔のことなので、細かいことは忘れてしまいましたけれど。あともうひとつ、渡部高志と言えば当然「ヤシガニ」なんですよ、もうご存じのとおり(編注:テレビアニメ『ロスト・ユニバース』第4話「ヤシガニ屠る」)。で、当時は今みたいに個人が情報を発信するSNSみたいなサービスはなかったので、アニメーションというのは全部監督がつくっているものだと誰もが信じていて、「監督がしでかした」ということになり、面白おかしくワーッと私に対する非難が――今の言葉でいえば炎上ですね。たぶん日本で最初にアニメーション業界で炎上したのは私です(笑)。
―― そうかもしれないですね(編注)。
編注:インタビューをまとめながら、テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』最終話をきっかけに、一部のファンから庵野秀明監督に非難が集まったことも今でいう炎上だったのかもしれないと気がついた。『ロスト・ユニバース』の炎上とは性格が違うと思うが、時期としては『エヴァ』のほうが先なので付記しておく。
渡部 もう25年も前の話になりますが、その頃の炎上というのは基本的にネットではなくて電話攻撃なんですよ。テレビ局に苦情の電話が殺到したというようなかたちであらわれ、テレビ局経由で私のほうに非難がごうごうと集まるという。それで、本当の内情というか、なぜああなったのか、何がどうしてこうなったんだということを、事実のみのかたちで自分のホームページに書いたんです。事実といってももちろん当事者である私が一方的にしゃべるだけで、第三者の検証もありませんから、今の基準にあわせれば問題は多々あったかもしれません。それでも、これまで伏せられていたアニメ業界のああした内情をインターネットで初めて発信したのはたぶん私です。
―― 当時の発言の一部は、インターネットのアーカイブに残っていますね。今日ちょっと読んでからうかがいました。
渡部 そうですか(笑)。その私の発言にたいして、インターネットだけでなく、当時あったパソコン通信のアニメ会議室系列などからもご批判やご意見が、応援や賛同もふくめて多数よせられました。ようは、現在のSNSと何も変わらないことを、すでに25年前に体験しているんです。あのときは“炎上先駆者”として、いろいろな思いを味わいました。
当時私は、『猫南蛮亭』と『骨壺』という2つのサイトを立ちあげていて、そこで今の言葉でいう“作画崩壊”がなぜ起きたのかということを、かなり赤裸々に描いたんです。あの出来事以前にもそういうことは起きていたのですが、世間には知られてはなるまいということで、いわゆる箝口令がしかれていたんですよ。誰にも言うなということですね。それで、しれっと同じ話数を2回放送したり、放送が1週延びたりということをやっていたのですが、なぜそうなったのかということは、たぶん一般の方はご存じなかったはずです。それを私が自分のサイトで暴露したわけですから、もう大変なことになったというのが……つまり、(声をひそめて)圧力がかかるんですよ。言うなと。スタッフは一切口を開いてはならないと。「そんなわけあるかあ!」というところからはじまったことでして、ほんと、自慢じゃないですけれど、たぶんそういうことをしたアニメ業界の人間は私が日本で最初だと思います。
―― そうかもしれないですね。
渡部 今では、作画崩壊的なこと――厳密に言うと、「ヤシガニ」の場合は動画、仕上げに関する“動仕崩壊”なのですが――がなぜ起こるのかということが、だいぶ知れわたり、今ではさほど珍しいことでもなくなりました。私が起こした……起こしたっていうのもアレですけど、そのせいもあってか、いわゆる不完全な状態のまま放送日がきてしまったら、放送延期になることがほとんどになりましたよね。それまでは、何がなんでも放送してたんですよ。いろいろと複雑な契約だの、それにまつわるお金の流れなど、生々しい話になりますが放送せざるをえないと。今は製作委員会制で1社提供のCMのときも多いですから延期しやすいのかもしれませんが、昔は放送をとばすと億単位の違約金が発生したそうで、私も当時そう言われて脅されましたけど(笑)。昔がそうだったかどうか本当のところは私には分かりませんし、さすがに億はなかっただろうと思っていますが、今はそういうことはなさそうですよね。
アニメ業界を辞めようと思った理由
―― 渡部監督が、昔からネットで発信されていて、そこで得た勘どころのようなものをもとにTwitterをやられていることがよく分かりました。そのうえでうかがいたいのですが、渡部監督のツイートはときおり、まとめサイトに載せられていますよね。
渡部 自分がみた範囲でも7度ぐらい載っているのを見たことがあります(笑)。
―― まとめサイトでは、渡部監督が以前アニメの仕事をやめようと思われたことを赤裸々に書かれたものがあって――
渡部 ああ、それはほんとのことです。
―― アニメ業界を辞めて、別の業界で働こうとしたけれど、手取り12万円ほどの仕事しかなさそうということで転職は断念されたと。
2年ほど前、もうアニメなんかやめようと思い立ち
本気で転職を考え、人材登録サイト経由で応募したが
ことごとくだめで、シルバー人材センターに行けと言われ、求人が軽作業、夜勤の守衛、ぐらいしかなく
手取り12万程度。63歳での転職は絶望と悟った。
厳しい世の中だ。
結局転職できぬまま今に至る。— 渡部高志 (@TkashiWatanabe) June 13, 2022
渡部 それ、ほんとのことなんですよ、まったく嘘はなくて。テレビで放送されているような転職サイトってあるじゃないですか。ようは仲介でそこに登録すると、自分に興味のある企業が私のほうにアクセスするシステムのはずだったんですけど、もちろんゼロというわけではありませんでした。ただ、そこで私の年齢と職歴を言うと、そのあと音信不通になるという(苦笑)。最終的には、Twitterにも書きましたが、シルバー人材センターに行ってくださいみたいな展開がみえましてですね。なるほど、これが60をすぎてしまった人間の哀れか、というところなんですけど。
いや、お聞きしたかったのはなぜ転職しようと思ったということですよね。(少し間があって)絶望じゃないですけど……うーん……これは言い方が難しいなあ。あのう、アニメ業界にはですね、年齢をいった人をですね、尊敬しない。ありていに言えば、バカにするような風潮はあるんですよ。それで現に私も、50を過ぎて60を超えたとたんに監督のオファーがピタッとなくなる。正直に言えば、今はありますよ。実際(次回作の作業を)やってますしね。作品名は言えませんが。
―― Twitterのプロフィールには、「監督次回作準備中」とありますね。
渡部 ええ。ただ、その当時はちょうど監督のオファーがパタッとなくなったということにたいして、とても悩んでいたのはたしかです。
―― 渡部監督の監督歴をみますと、2016年に『タブー・タトゥー』という作品を手がけられて、最新作の『現実主義勇者の王国再建記』のあいだに5年ほどブランクがあります。
渡部 じっさい、オファーがなかったんですよ。それはちょうど60になったあたりで、つまり定年の年齢ですよね。これはアニメ業界にもあるんですよ。私と年の近い制作たちも、ある程度偉くなった人たちをふくめて、みんな定年で業界にいないです。そうなると、私、孤独じゃないですか。それで、20歳も年が下のバリバリ全盛期の40代のプロデューサーたちと付き合うことになると、その付き合い方は非常に難しいし、これは私の被害妄想かもしれませんが、大半の方は自分のような年上の人間をとても嫌うんですね。
もちろん、面と向かっては「お前なんか嫌いだ」とは誰も言いませんよ。ただ、暗黙の空気というのがありますよね。これは妄想かもしれませんけども、「若い人でお願いします」「若くてイキのいい、今のセンスにあった、今の時代の空気を敏感に感じとっている監督にお願いしたい」というふうにクライアントサイドから言われたら、我々は出番がありません。これは深刻な問題なんですよ。その証拠が、あのときの5年間、オファーがなかったということだと私は思っています。そうすると、みんな辞めていくんですよ。当たり前ですよね、仕事がないんだから。私も例にもれませんでした。絶望した理由はそういうことで、これは誰でも絶望すると思いますよ。監督のオファーがなくなり、仕事は絵コンテや演出などのバラバラのものばかりくる。そこで私はたまたま作画ができたんですけども、もし演出畑の人だったらアウトでしょう。これは大きな問題だと思いますし、じっさいに厳しいです。
―― 単発の絵コンテや演出の仕事だと収入的に大変厳しいことになると、これもTwitterで以前書かれていましたね。
昨年コンテと演出だけやってたとしたら年収120万。
いや収入ではなく売上だが、これは屈辱であった。
実際には作画仕事でカバーしていたが。
何でも屋で良かったと心底思う。
作画インから3週間で放送していた90年代が懐かしい。
回転は良かった。— 渡部高志 (@TkashiWatanabe) October 16, 2023
渡部 ええ。これもTwitterに書いていますが、私は性格的に仕事の掛け持ちができないんですよ。1本請けたら、それが終わるまで次はやれない体質ですので。そうなると、これもTwitterに赤裸々に書きましたが、もうぶっちゃけた話ですね、演出料の単価って1本だいたい25万から40万のあいだで、だいたいの真ん中をとって30万ぐらいなんですよ。絵コンテもだいたい同じようなものです。そうすると、絵コンテ・演出のセットで60万円ほどですよね。これが1カ月であがれば御の字ですが、じっさいは4、5カ月かかるわけですよ。となると、年収で考えると、そのわずか3倍か4倍にしかならないということがあってですね。これは本当の話ですけど、大貧乏におちいったということです。……これはキツかったですねえ。それは絶望しますよ、ハハハ(笑)。
そういった体質をもっている業界自体に嫌気がさしたというのと、あとこれは一般的な話ですが、1つの会社で4年間ぐらい付きあってやっているとですね、だいたい会社の中にアンチができるんですよ。アイツは駄目だみたいな勢力が必ず発生してきてですね、では一回よその飯を食ってきてくれよみたいなことで、その会社からは仕事がこなくなるということがあるんですよ。これはアニメ業界にかぎったことではなく、フリーの人間にはよくあることだと思っていますが。
※試し読みはここまでです