宗太はわりと自分に近いところがあると思っていた
『うどんの国の金色毛鞠』監督 宅野誠起

香川県出身の漫画家・篠丸のどかが、地元を舞台に描いた同名コミックをテレビアニメ化。うどん家を営んでいた父を亡くし、実家を片付けるために故郷に帰った俵宗太は、ひょんなことから小さな男の子に化けたタヌキのポコと暮らし始める。ポコとの出会いや地元の友人らとの交流をとおして宗太が成長していく姿を、ゆったりとしたテンポで描く心温まる作品だ。香川の風景を水彩風のタッチで描くための試行錯誤や、ポコの可愛らしさを描くためにこだわっている点などを宅野誠起監督に伺った。本取材には、アニメーションプロデューサーの柴宏和さん(ライデンフィルム)も同席。制作体制についてのお話も伺うことができた。

Profile
宅野誠起 Seiki Takuno

アニメーション監督、演出家。監督作品に、『山田くんと7人の魔女』『石膏ボーイズ』がある。

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原作のイメージを再現するため、美術を水彩調に

—— 本作の見どころのひとつは美術だと思います。ロケハンによる写真を参考にしつつも、そのままリアルに再現するのではなく、水彩風の淡い色合いなのが印象的でした。
宅野 篠丸(のどか)先生のカラー原稿が、水彩絵の具で塗られたようなものだったんですよね。原作のイメージを再現するため水彩調にしようというプランニングでした。キャラクターの輪郭線に白い余白を残しているのも、水彩調の背景とマッチングさせるためです。また、主人公の(俵)宗太というキャラクターが優しい男なので、ソリッドな画面よりも淡いというか、はっきり決まらない感じを表現するために、水彩調の柔らかい画面にしたというのもあります。
—— リアルに描くより、水彩調にするほうが大変ではありませんでしたか。
宅野 美術の方は大変苦労されたと思います。水彩調の背景というのは非常に難しいんですよ。綺麗にみえるときもあるんですが、どうしても汚いムラにみえてしまうときもあって。水彩調で距離感をどう出すかというのも問題で、手前と奥で水彩の度合いを変えたり、いろいろなやり方を試しました。その結果、例えば空を描くときは水彩調を極力薄くして、手前にあるものは水彩のムラを極力薄くする。(画面の)手前にあるものは水彩のムラを強めにして、中間の距離はその間ぐらいのムラにするといった工夫をしています。

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第2話「ことでん」より。

—— 5話のオンエアで6話の予告を観たとき、6話で東京の美術はどう描くのだろうと思いました。その辺りは、いかがでしたか。
宅野 東京編では水彩調をやめにしようかというプランもありましたが、6話にいたるまでの試行錯誤の結果、折衷案的な美術表現にしています。東京編だけ水彩調を抜くのは、あまり効果的ではないだろうというのもありましたので。先ほどお話した方針と同じで、遠景には水彩調を入れずに手前には入れるというやり方ですね。夜のシーンなども、あまり入れるとムラが立ってしまって綺麗にみえないので水彩調を弱めています。そのうえで、色味だけは香川を描くときと少し変えているんですよ。
—— どのように変えているのでしょうか。
宅野 香川は淡い色味を使っているのに対して、東京編は鮮やかな色味にして、居心地の悪い感じをだしています。ポコや宗太にとって東京は生活する場所ではないというか、とくにポコにとっては圧迫感のある感じにしたいなと思ったんです。そうして、やっぱり香川がいいんだという風にもっていきたかったんですよね。なので、かなりどギツイ色もあえて入れています。セルの影付けも香川と東京では変えていて、東京編ではキャラクターの影の量を少し多くしているんです。香川では影が非常に少ないんですが、東京編は普通のアニメと同じぐらい影の量を多めにしています。おそらくパッと観にはわからないと思いますが、なんとなく違和感を感じてもらえればなと。

観ている人が可愛いと思えるようなポコにする

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—— ポコの可愛らしい仕草も、本作の大きな魅力だと思います。
宅野 お客さんにとってポコの可愛さはいちばん観たいところでしょうから、そこは絶対に死守して描いていこうと思っていました。また、ポコは幼児ではありますが、都合よくキャラクターを動かしたくないというか、記号的な芝居はさせたくないなと考えてもいて、仕草などは街の親子連れを観察して研究したりもしました。端からみれば、怪しいおじさんだったかもしれませんが(笑)。子供が大人の手を握るときはどういう感じなんだろうとか、宗太に抱きつく動きなど、キャラクターデザインの伊藤(依織子)さん達と相談しながら、芝居の方はかなり注意してやっています。
—— タヌキのポコが変化する状態についてはいかがですか。幾つかのパターンがあったと思います。
宅野 ほぼ完全なタヌキ状態と人間に変化した状態、それとその中間にあたる耳とシッポだけタヌキの「半タヌポコ」という設定をまず作りました。もう少しタヌキよりの「ほぼタヌポコ」というのもあって、シチュエーションに応じて使いわけています。さらに「ほぼたぬポコ」よりタヌキに近い「ほぼ完タヌポコ」というのを途中で急きょ作ったりもしました。

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第1話「ぶっかけうどん」より。

—— 5パターンもあるのですね。最後の「ほぼ完タヌポコ」は本編にでてくるのですか。
宅野 これから放送される9話のあるシーンで登場します。目だけが人間で、あとはタヌキなんですけど、あんまり可愛い感じにならなくて(笑)。その辺りのバランスは、なかなか難しかったですね。
—— 完全なタヌキ状態のときも、背景ほどにはリアルにしていない感じですよね。
宅野 ポコは子ダヌキなんですが、色などはやっぱりフィクション寄りにしていますね。色味も実際よりは明るい色にして可愛い感じをおしています。鳴き声なんかも、ほんとはキューンとかじゃないと思うんですよね。そこら辺はもう観ている人が可愛いと思えるようなポコにするというのを軸にして作りました。
—— リアルな背景にあわせて、キャラクターを動かしていくのは大変ではありませんでしたか。
宅野 キャラクターに関しては、原作に準じて作っていますので、そうでもない感じです。苦労したところといえば服装や色ですかね。例えば、田舎で暮らす35歳の専業主婦である(大石)凛子が着る服はいったい何色だろうとか。自分ではよく分からないので、色彩設計の方と相談しながら何回も色を作り直しました。東京編から出てくるプログラマーの(永妻)宏司もそうですね。お洒落なんだけど、風変わりな服を来ているせいで周りから「変じゃないか」と言われるっていう。キャラクター性と服装や色の関係については、かなり考えました。
—— そうした部分にこだわられているのですね。ちなみに、助監督の臼井文明さんは、これまでの監督作品でも一緒に組まれていますが、具体的にどんなことをされているのでしょうか。
宅野 私は主にプリプロとポスプロ周りをみていて、実際の制作現場では臼井さんが大きな役割を果たしています。臼井さんはアニメーター出身なので、絵を直すことができるんですよね。キャラクターの感情をどうするかなど、演出的な部分は私のほうでみていますが、実際にそれを絵のかたちに落とし込む作業は臼井さんにやっていただいています。原図を切り直したり、ポージングを整えたり、作画崩れを防止する役割というか、作監さんと演出をつなぐような立ち位置ですね。全体を見るかたちで入っていただいているので、臼井さんにはかなり助けられています。

4話は、紙と鉛筆を使わないデジタル作画で制作

—— 細かい話になりますが、エンディングのテロップを見ていて気になったことを聞かせてください。これはプロデューサーの柴さんに伺った方がいいのかもしれませんが、3話は京都のスタジオ(ライデンフィルム京都スタジオ)で作られていますね。エンディングを手がけている坂本(一也)さんがおひとりで第二原画を担当されていて。
柴プロデューサー ライデンフィルムは、東京スタジオの他に、大阪、京都と全部で3つのスタジオがあります。そのなかで京都スタジオは、京都アニメーション出身の方が多いこともあって、演出も作画も非常に力があるんです。3話はコンテから京都スタジオでやっていて、ほぼ京都だけで完成させています。エンディングのコンテ・演出をやっていただいた坂本さんも非常に優秀な方ですよね。会社として、関西でもまるまる1本作れる体制を整えていきたいと思っていまして、3話の次は8話が京都回です。そういうところも注目して楽しんでいただければなと思います。
—— 有り難うございます。さらに細かい話を伺いますが、4話の原画を担当しているのは、旭プロダクション(宮城白石スタジオ)、プロダクションIG、タツノコプロ、スタジオコロリドなど、デジタル作画に積極的に取り組んでいるスタジオばかりでした。4話の原動画は、オールデジタルでやられているのでしょうか。
柴プロデューサー おっしゃる通りですね。アニメ業界の流れとして、今デジタル作画というものが主流になりつつあって、4話をグロスでお願いした旭プロダクションさんは最先端でデジタル作画に取り組まれている会社なんです。『うどんの国』をとおして、ぜひ旭プロさんとお仕事をしたいなと思っていました。今回は時間もありましたので、4話については、紙と鉛筆を使わずにデジタルだけでアニメを作ろうというのが制作的な試みとしてありまして、実際4話はまるっとデジタルでいけたんですよ。宅野さんも、デジタルでレイアウトチェックするのは初めてでしたよね?
宅野 そうですね。
柴プロデューサー 初めての試みでしたから戸惑いもあったと思いますが、4話のデジタル作画は上手くいきました。で、紙と鉛筆を使わずにアニメが作れるようになるとどうなるかといいますと、地方でもアニメ制作がスムーズにできるようになるんです。東京でなくてはいけないという理由がなくなる。アニメの作り方が変わる画期的なシステムなのではないかと思っています。

第4話「屋島」より。

第4話「屋島」より。

—— 4話は全てデジタル作画で作業されていると伺っても、他の話数と差がわからないぐらいの印象です。
柴プロデューサー デジタル作画の方が、線が綺麗にでるんじゃないかという方も多いんですよ。観ている方は、どう思われているんでしょうね。
宅野 現時点では、どちらも善し悪しあるように思います。デジタル作画だと線の強弱が均一になってしまうというのもありますので。そういった問題もいずれは解決していくんでしょうけれど。
—— 宅野監督は、4話でデジタル作画を体験されて、いかがでしたか。
宅野 タブレットで(作画や演出の)指示を入れるのは初めての経験でしたが、自分としては、作業のスピード的に手描きの方が早くできる感じでした。普段は紙にパッと描けばすむところを、デジタル作画だとファイルを開いて読み込むのが、もどかしく感じてしまって。ただ、こういうことにも慣れていかないといけないなと思っています。

マッドハウス、映画美学校、サンライズを経て監督に

—— 宅野監督は、アニメ業界に入られた後、一度実写の方に行かれて、自主映画『ダークシステム』では主演をされたりもしていて、少し変わった経歴をお持ちですよね。これまでのお仕事について、少し伺わせてください。アニメ業界に入ろうと思ったきっかけは、なんだったのでしょうか。
宅野 大学生のときに、ちょうど『(新世紀)エヴァンゲリオン』がやっていて、それを観て「アニメいいなあ」と思ったのがきっかけですかね。実写も好きでしたが、アニメの方が監督になりやすいような気がしたんです。ひとつの作品に、5人ぐらい演出がいたので、間口が広いのかなと。それで、アニメの方がいいのかなと思いまして。
—— もともと監督志望だったのですか。
宅野 はい。いろいろなスタジオの入社試験を受けて、唯一受かったマッドハウスに新卒で入りました。マッドでは、制作進行としてテレビの『マスターキートン』、あとマッドが制作を引き継いだ劇場作品『WXIII 機動警察パトレイバー』の進行を途中までやっていました。その辺りで辞めて、映画美学校にいき始めた感じですね。
—— どうして、実写の学校にいこうと思われたんでしょうか。
宅野 ……モラトリアムというか、そういう感じだったんだと思います(苦笑)。もっと勉強したいなあと。
—— 宗太が、仕事を休んで香川でのんびりと過ごしていた気分に近い感じでしょうか。
宅野 そんな感じですね。私も地方出身者ですし、アニメ業界を辞めたくなったとき、田舎の九州で1ヶ月ぐらい何もせずにダラダラと過ごしたこともありました。そんなこともあって、宗太はわりと自分に近いところがあると思っていたので、感情移入しやすかったんですよね。
—— 実写の学校で、なぜ映画美学校を選ばれたのでしょうか。
宅野 映画美学校の講師には、黒沢清監督や塩田明彦監督といった私の好きな監督が沢山いたんです。あと、働きながら通えるのもよかったんですよね。昼間はアルバイトをして、夜は学校に行くっていう。学費も非常に安くて、たしか年間30万か40万ぐらいだったはずです。
—— 映画美学校では、どんなことをされていたんですか。
宅野 自分でシナリオを書いたりもしてましたが、技術的なことをやっていることの方が多かったですね。自分は撮影部にいて、当時はフィルムだったので、カメラをいじっているのが楽しかったです。
—— その後、再びアニメ業界に行かれて、サンライズでお仕事をされるわけですね。
宅野 もうなんだか本当に定まらなくて、モラトリアムそのものなんですけれど……。
—— いえいえいえ。演出の仕事は、サンライズからスタートされたんですよね。
宅野 演出的な仕事をし始めたのはサンライズで演出助手になってからですね。サンライズには演出助手システムというのがありまして、演出助手になれば給料をもらいながら演出的な仕事をすることができたんです。
—— 初演出は、どの作品になるでしょうか。
宅野 『舞-HiME』のあとの『舞-乙HiME』という作品が、たしか初演出だったと思います。ちゃんと絵コンテを描いたのは、『アイドルマスター XENOGLOSSIA』だったかな……。
—— 『銀魂』の絵コンテや演出もやられていますよね。
宅野 『銀魂』は、もう少しあとですかね。演出助手時代の仕事ではありますけれど。

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本編後のミニコーナー『ガオガオちゃんと青い空』(だい2わ『ガオガオちゃんとしんせつなせいびし』のまき)より。

—— 『うどんの国の金色毛鞠』で、本編終了後に『ガオガオちゃんと青い空』を入れるようなバラエティ感のある作りにされているのは、『銀魂』でのお仕事の影響があるのかなと思っていました。
宅野 当時は、どちらかというとコメディ的なものはあまり好きではなくて、真面目なドラマ的なものが好きだったんです。『銀魂』をやっていたときも、自分にはこういうギャグものは向いていないかもしれないなと思いながらやっていた記憶があります。
—— でも今は、『石膏ボーイズ』のような突き抜けたギャグものもやられていますよね。
宅野 そうなんですよね。自分の中では、『銀魂』の後にやったある仕事をきっかけに、コメディ的な演出にも興味が行き始めたように思います。
—— 実写を経験されたことが、ご自身のアニメ作りに影響をあたえている部分はあると思われますか。
宅野 いやあ、特にはないと思うんですよね。たしかに作り方はまったく違うんですが、最近はテレビドラマでも非常にアニメ的な演出をよくみますし、『シン・ゴジラ』などもアニメのテンポ感でしたよね。そうした垣根がなくなってきているというのもありますし、自分としては、実写をやっていたからどうというのは、さほど感じていないです。
—— 作品外のこともお話いただき有り難うございました。今後、どんな方向のものを作っていきたいと思われていますか。
宅野 自分は職業監督ですので、きた仕事はなんでもやるスタンスでいます。あまり得意ではないロボットものでも、やれと言われたらやるかもしれないです。ただ、そうですね……今の気分としては、喜劇的なものがベースにあって、なおかつしっかりとしたドラマのある作品をやりたいなと思っています。

Official Website
アニメ『うどんの国の金色毛鞠』公式
http://www.udonnokuni-anime.jp/

Soft Information
Blu-ray&DVD第1巻、12月21日発売
価格:Blu-ray6,800円+税、DVD5,800円+税
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(C)篠丸のどか・新潮社/「うどんの国の金色毛鞠」製作委員会

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「アニメハック」香川の雰囲気を再現していくぞという意気込みで―― 「うどんの国の金色毛鞠」宅野誠起監督インタビュー
http://anime.eiga.com/news/103720/

「アキバ総研」“家族アニメ”を作る新たなジャンルへの挑戦――「うどんの国の金色毛鞠」宅野誠起監督インタビュー
https://akiba-souken.com/article/28373/

「Rooftop」『うどんの国の金色毛鞠』インタビュー 宅野誠起(アニメ監督)×柴宏和(プロデューサー)
http://rooftop.cc/interview/161101093000.php